氷をモチーフにしたこの図柄は、まるで抽象画のようである。というのも、氷を数本の墨の線だけで表現しており、これを氷と認識するには、かなりの想像力がいるからだ。
そのことを以て、応挙の時代に抽象画の観念はありえないから、この絵はもともと右手の先に、たとえば鶴のような禽獣の存在を前提にしていたのではないかとの憶測もなされている。しかしそういった憶測を抜きにして、虚心坦懐に眺めれば、そこに自ずから氷のイメージが湧いてくるにちがいない。
墨の線は、氷のひび割れを表現しているのだろう。一本一本の線が非常に丁寧にひかれている。しかも左手の線は鷹揚なタッチで、右端の線はやや込み入った具合に描かれるなど、それなりに神経を使っている。
応挙は「寒菊水禽図」でも、凍った池を描いているが、その際の氷の描き方は、胡粉で氷に割れ目を描くというもので、この図とはまったく異なったタッチを採用していた。
(紙本墨画 二曲一隻 60.5×182.1㎝ 大英博物館)
コメントする