ベルンの奇跡:ゼーンケ・ヴォルトマン

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ゼーンケ・ヴォルトマンの2003年の映画「ベルンの奇跡(Das Wunder von Bern)」は、戦争によって引き裂かれた家族の絆、特に父子の絆を、ドイツ人のサッカー熱を絡めながら描いた作品である。だいたいヨーロッパの諸国民はサッカーが大好きのようだが、ドイツ人もその例にもれず、子どもから大人まで、男も女もサッカーに夢中、という様子が、この映画からは伝わって来る。ましてこの映画は、1954年のワールドカップを背景に取り上げている。ドイツはこのワールドカップで強敵を次々と破って優勝した。その優勝をドイツの人々は「ベルンの奇跡」と呼んで、喜びあったそうだ。

主人公のマティアス少年は、大のサッカーファンで、地元の選手でかつナショナルチームのメンバーであるヘルムート・ラーンのカバン持ちをしている。かれは、自分がラーンと一緒にいると負けることがないと強く信じている。また、そのことを誇りに思っている。かれはその誇りをバネにして、自分自身サッカーの技術を磨きたいと思っているのだ。そんな折に、戦争で敗れた後、ソ連に連行されていた父親が11年ぶりに戻って来る。ということは、この父親は敗戦以前の1943年に捕虜になったということだ。ソ連によるドイツ兵の強制連行は戦後大規模に行われ、その数は数百万にも上るといわれるが、この父親のように、戦時中に捕虜として連行された者もいたわけだ。

父親は、長い間の抑留生活で、精神状態がおかしくなっていることもあって、家族となかなかまともな関係が築けない。ましてまともな職業に就くこともできない。昔働いて居た炭鉱では、おそらく閉所恐怖症からパニックになってしまうのである。また、本来なら受け取る資格がある年金も、ある事情によって受け取れないと宣告される。八方塞がりの状態に陥るわけだが、家長としての自尊心は旺盛で、三人の子どもたちを支配する態度を見せる。そんな父親に子供たちは反抗し、長男は家出してしまうし、マティアスも心を閉ざしてしまう。そんな家族たちを前にして、母親は嘆くのである。

しかし、父親が家族のために気を使っていることが明らかになったことで、次第に家族の絆が戻り始める。父親は、マティアスの飼っていた兎を肉屋に売って、その金で家族へのプレゼントを買ったために、マティアスは激しく怒るのであるが、そのうち、それが父親なりの家族への愛情の現われと思うと、次第に許す感情が芽生えて来る。その感情は、父親がマティアスをベルンに連れて行ってくれたことで、最大の高まりに達するのである。

ドイツチームは、どうもこの大会での評判は良くなかったようで、薄氷の勝利を重ねたのだったが、決勝でぶつかることになったハンガリーは優勝候補と言われていた。そのチームを相手に、ドイツは前半でリードされるのだったが、後半でなんとか同点に追いつく。そこへベルンに到着したばかりのマティアスが駆けつけ、ラーンを励ますのだ。マティアスに励まされたラーンは心を奮い立たせ、見事なシュートを決めてドイツを勝利に導くのである。

マティアス少年は、自分が来て励ましたおかげでラーンは見事なシュートを決め、そのことでドイツが勝つことができたと思うと、心は誇りでいっぱいになる。そのことでマティアス少年は、父親とも真の和解ができるはずなのである。こんな具合にこの映画は、ドイツ現代史の一コマを、ヒューマンタッチで描いた作品だといえよう。この父子に似た人々は、ドイツの至る所にいたに違いないので、ドイツ人はこの映画を他人ごととは受け取らなかっただろうと思う。






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