麦の穂をゆらす風:ケン・ローチ

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ケン・ローチの2006年の映画「麦の穂をゆらす風(The Wind That Shakes the Barley)」は、アイルランド独立戦争の一齣を描いた作品。アイルランド独立戦争は、1919年から1921年にかけて行われ、その結果アイルランドには広範な自治が認められ、一国家として国際社会に認知されるようになった。しかし、その独立のあり方をめぐって、アイルランド内部で分裂が生まれた。イギリスとの関係を重視して、共通の女王を戴く立憲君主制をとる立場と、イギリスからの完全分離と共和制を求める勢力とが対立し、内戦にまで発展したのである。この映画は、アイルランドの独立を求める人々の闘いを描くとともに、独立後の内戦をも描く。それらにかかわった兄弟の生き方を中心に、かれらがやがて兄弟同士で殺しあう悲劇が、この映画のハイライト部分だ。

舞台はアイルランドの田園地帯。そこに暮らしている兄弟がやがてアイルランド独立戦争に関わっていく。兄は義勇軍の幹部であり、弟は医師としてロンドンの大病院に勤務することになっていた。しかし、英軍によるアイルランド人へのあまりにもひどい迫害を目にした弟は、医師になることをあきらめて、アイルランド解放のために戦う決心をする。この兄弟が中心になって、アイルランド義勇軍が英軍と戦うところがこの映画の骨格部分になっているのである。その部分で、英軍によるアイルランド人への残酷な迫害と、それに立ち向かうアイルランド義勇兵たちの勇敢な戦いぶりが強調される。

かれらの勇敢な戦いもあって、アイルランドはイギリスから広範な自治権を勝ち取る。だが、その自治権とは、イギリスの女王を戴いたうえでの自治であって、本当の独立ではないと考える勢力が、反対派を形成する。兄弟はその両派に分かれて互いに戦うことになる。その過程で兄は弟を殺さねばならない立場に陥るのである。

そんなわけでこの映画は、独立の大義と人間の感情をからましたヒューマンドラマといえる作品だ。肉親の命より大事なものがあるのか、という疑問がたえず提起される。それへの決定的な答えがないままに、兄は弟を殺し、その弟は仲間を裏切った幼馴染を殺さねばならなかった。しかしそんなことをした人間が、何食わぬ顔で生き続けることができるのか。そんな疑問を見ているものに投げかけながら映画は終るのだ。

この映画は、英軍の残忍さを執拗に描いていることで、イギリスの保守層からはブーイングがおこった。英軍の残忍さを強調する一方、アイルランドの義勇兵は英雄的に描かれている。そういう描き方をアイルランド人がするのなら、アイルランド人なりの愛国心の現われとして大目にも見られるが、アングロサクソンのイギリス人であるケン・ローチがしたことは、民族的な裏切り行為であり、許せないといった意見が強かったようだ。

イギリスとアイルランドの関係(英愛関係)は、20世紀いっぱい微妙な状態が続き、IRAによる武装テロが頻発した。それが21世紀になってようやく安定したのは、EUへの加盟が両国関係を相対化してためだと言われている。しかしイギリスがEUからの離脱を決定したことで、英愛関係が再び炎上する恐れが強まってきた。この映画が作られたのは、英愛関係がもっとも安定していた時期だ。そういう時期だからこそ、かつての両者の対立を、淡々とした視線から描くことができたのだと思う。





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