
(105景 御厩河岸)
御厩河岸は、墨田川右岸の吾嬬橋と両国橋の中間程のところにあり、いまの厩橋の浅草側の橋詰あたりをさした。このあたりに幕府の厩があったので、御厩河岸と呼ばれるようになった。
この御厩河岸と対岸の本所石原町とを結ぶ渡しを御厩の渡しと言った。この絵は、御厩河岸から隅田川を眺めた構図。手前が浅草川、対岸が本所側である。その間を多くの渡し船が行きかっている。
画面右手に、手ぬぐいを被った女が二人いるのが見えるが、このいでたちは夜鷹のものだという指摘がある。夜鷹は本所側から船に乗って浅草側に移り、そこで客をとったということである。

(106景 深川木場)
深川はもともと湿地帯だったことから、排水を兼ねて多くの運河が掘られた。その運河を利用して貯木場が集中し、木場と呼ばれるようになった。江戸は材木の需要が多かったので、木場には紀文や奈良茂といった豊かな材木商が拠点を構えていた。
この絵は、冬の木場の雪景色を描いたもの。掘割には筏に組んだ材木が多く浮かんでいる。また、立てられた丸太が見えるが、これは製材を待っているのだろう。
暗い夜空に白く点々と光って見えるのは、星の輝きか、あるいは雪の降るさまか。シーンとした空気が、寒々と伝わってくるような絵柄である。
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