愛アムール:ミヒャエル・ハネケ

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ミヒャエル・ハネケの2012年の映画「愛アムール(Amour)」は、夫婦間の老老介護をテーマとした作品である。配偶者を持つものにとって、誰でも直面する問題であるから、他人事には映らない。見るものはみな自分自身のこととして向き合うことを促すような映画である。

音楽が好きな夫婦。その彼らがコンサートホールで演奏を聞く場面から映画は始まる(その前に導入部があるが)。家に戻ったかれらは一緒に食事をする。その時に妻が一時的に意識を失う。突然のことで夫はとまどうが、後に脳血管障害だったことがわかる。頚動脈に障害が出来て、脳への血流が妨げられたのだ。医師のすすめで手術したところ、手術は失敗する。かくして女性は次第に症状が悪化し、ついには寝たきりになる。

その寝たきりの妻を、夫は必死で介護する。その痛々しいほどの献身的な介護の様子を画面は追っていく。筋書きらしいものはほとんどない。夫が妻を介護する、それは妻への夫の愛の表れだ、というメッセージが常に発せられる、そんな映画だ。だが夫の忍耐にも限界があった。一人ぽっちで妻の介護に努力しているうち、その孤独にも耐えられなくなったのだろう、夫は妻を殺してしまうのだ。布団をかぶせて窒息させるという形で。映画は冒頭の導入部で、死んでベッドの上に寝せられている妻の姿を写したうえで、彼女がなぜ死なねばならなかったか、その事情を回顧的に明らかにしていくのである。

見ていて息がつまることもあり、また切ない感情がこみ上げてくることもある。小生の場合には、妻はまだ健在だが、老いて認知障害に陥った母親を介護した体験があり、この映画を見ていたら、その母親と過ごした日々を思い出した。この映画の中で、夫が妻に向って、「ジュ・ト・プリ!」とフランス語で言う場面がたびたび出てくるが、小生も母親に向って「お願いだから、母さん!」と幾度呼びかけたことか。

夫を演じたジャン・ルイ・バローがよかった。かれは1950年代から活躍したベテラン俳優で。この時は82歳になっていた。その相手役をつとめたエマニュエル・リヴァはトランティニャンより三歳年上で、85歳であった。年齢相応の深みを感じさせてくれた。

なお、ミヒャエル・ハネケはオーストリア人で、この映画も一応オーストリア映画ということになっている。だが、舞台はフランスのパリで、俳優もフランス人、その彼らがフランス語で話しているので、実質的にはフランス映画といってよい(クレジット上でも、ミヒャエル・ハネケはミシェル・アネクとフランス風に表示されている)。オーストリア人がフランス人の映画を作るのは、EUによるヨーロッパ統合の一つの現われだろう。





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