IOCはグローバリゼーションのチャンピオン

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IOCの幹部が、日本のコロナ騒ぎを全く軽視するかのように、オリンピックありきの発言を繰り返していることに、日本国内では反発が広がっている。日本共産党までが、IOCが日本の状況を無視してオリンピックの開催を強行しようとするのは日本国への主権侵害だと言って非難している。一方、菅政権を始め日本側は、IOCへの遠慮を隠さない。これも日本国民の命より、IOCの利権を優先するものだという強い批判を浴びている。

この事態を小生は、グローバリゼーションとナショナリズムとの不毛な対立と見ている。不毛というのは、IOCが国際調和を錦の御旗に、グローバリゼーションのチャンピオンとして、その果実を独占しようとする意図がミエミエなのに対して、日本国民のほうはただただ感情的に反発して、理性的な議論をしようとする意識に欠けているからだ。

IOCはただの民間組織であり、何らの公的権力も持っていないわけだから、一国の主権を侵害してまでも、その意図を押し付ける力はない。IOCに力があるように見えるのは錯覚に過ぎない。その錯覚を成り立たせているのは、世界がIOCを甘やかしているからだ。今回の場合で言えば、主権国家である日本国の政府がIOCを甘やかしているということになる。

巨大IT企業の利益独占に見られるように、グローバルな組織は、自分の利益しか念頭にない。今回の場合について言えば、東京五輪を開催して巨額の利益をものにするのが唯一の目的であって、それ以外のことを考えているわけではない。IOCは基本的には利益追求団体である。それはそれで合理性があり、そのことについて第三者がとやかく言うべき筋合いはない。

筋合いがないということは、オリンピックの開催に伴う責任を、日本政府がIOCに転化することはできないということだ。大会開催にともなって生じる様々な問題についての最終的な責任は日本政府が負うべきであって、IOCが負うのではない。こんな簡単な理屈を日本政府がわかっていれば、こんな馬鹿げた騒ぎが起きる余地もない。こういう騒ぎが起きるというのは、菅政権がほとんど何もわかっていないことのあらわれである。その菅政権を選んだのはほかならぬ日本国民なのだから、日本国民はIOCを責めるのではなく、菅政権を責めるべきなのである。





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