金環蝕:山本薩夫

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山本薩夫の1975年の映画「金環蝕」は、石川達三の同名の小説を映画化したもの。石川の原作は、1965年ごろに世間を賑わした九頭竜川ダム建設汚職事件に取材している。この汚職事件は、当時の与党政治家をほぼ全面的に巻き込むもので、その規模の大きさから大センセーションをひき起こした。結局事件はうやむやになってしまったが、それに義憤を感じた石川が、まだほとぼりのさめない1966年に小説にして発表したというものだ。映画はその原作の雰囲気をよくあらわしていると言われる。社会派の映画としては、もっとも成功した作品といえよう。

実際の事件は、1965年の第三次池田内閣の発足にともなって起きたといわれる。これに先立つ総裁選では巨額の金が流れたが、その資金の出所をめぐって汚職が発生したということだ。その汚職を主導したのは、当時の官房長官だったが、現実の官房長官は鈴木善行だったにかかわらず、小説に出てくる人物は黒金泰美をモデルにしているといわれる。その黒金にいかがわしい情報屋がからんだり、政治家と手を結んだ巨大建設業者が暗躍したりと、アクション映画顔負けのストーリーが展開する。

当時は、政界の汚職は日常茶飯事で、しょっちゅう巨大汚職事件が世間を賑わしていた。そうした汚職事件を飯のタネにしている人間もいて、じっさい政治に巨大な影響を及ぼしていたようである。そうした日本の政治の腐敗ぶりに憤った石川が、汚職の典型例としてこの事件をとりあげ、国民に強く警告したというのがうがった見方だが、真相はわからない。

この映画の見どころは、宇野重吉演じる情報屋と、仲代達也演じる官房長官のだましあいだ。情報屋には現実のモデルがいて、さまざまな汚職事件にかかわり、それらを食い物にして太ってきたということになっている。しかし、官房長官といえば権力の中枢であり、しかも首相と一心同体とあって、敵にするにはあまりにも強すぎる相手だ。じっさいこの情報屋は、官房長官の体現する権力によって粉砕され、豚箱に入れられてしまうのだし、また彼とともに、スキャンダルにかかわった人間たちもまた、権力によって消されてしまう。消されないのは、国会で事件を追及した与党の変わり者議員だけだ。さすがに与党の議院を消すわけにはいかなかったのだろう。かれは金をつかまされて国外に追放されてしまうのだ。

そんなわけで、権力の腐敗ぶりと冷酷さが完膚なきまでに描かれている。こういう腐敗ぶちは、21世紀の日本ではさすがに表立つことはなくなったが、しかし安倍晋三をめぐる一連のスキャンダルなどは、日本の政治がいまだに汚れた体質に染まっていることを知らしめている。だから、この古い映画は、まだ存在意義を失わないでいると言ってよい。

なお、この映画のなかで出てくる汚職の手口は、工事請負代金に賄賂を上乗せし、その分をキャッシュバックするというもので、汚職のタイプとしては古典的なものだ。いまでもそこらじゅうでやられているに違いない。





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