旅芸人の記録:テオ・アンゲロプロスの映画

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1975年のギリシャ映画「旅芸人の記録」は、テオ・アンゲロプロスの出世作となったばかりか、ギリシャ映画に世界を注目させるきっかけとなった作品である。それまでほとんど相手にされていなかったギリシャ映画が、世界を相手にするようになった記念碑的な作品だといえる。

テーマはギリシャ現代史である。それにソポクレスの有名な悲劇「エレクトラ」を絡ませてある。ギリシャ現代史については、この映画は1952年を基準にして、そこから懐古的にギリシャの現代史が語られるという形をとっている。エレクトラの悲劇は、不貞を働いた妻によって殺されたアガメムノンの復讐を子供のエレクトラとオレステースが果たすというものだ。この映画に出てくる旅芸人の一座は、座長をアガメムノンといい、その妻クリュタイムネストラと三人の子供たち、エレクトラ、オレステース、クリュソテミス、そのほか、アイギストスをはじめ数人の座員からなっている。アガメムノンは、クリュタイムネストラとつるんだアイギストスによってドイツ軍に密告され、処刑されるのであり、そのことを憎んだエレクトラとオレステースが、アイギストスらに復讐するのである。そうした家族の関係が、ギリシャの現代史を背景にして描かれる、というのがこの映画の基本的な構成である。

映画は、1952年のある秋の日に、旅芸人の一座が地方都市エギオンに到着するところから始まる。1952年という年は、ギリシャの内戦が終了し、新しい憲法のもとで最初に選挙が行われた年だ。その選挙に保守派の候補が出馬して、有権者たちに投票を呼び掛ける。その様子を近くで見ている団員を映しながら、画面は突然1939年に飛躍する。そこから1952年へと向かって継時的にギリシャの現代史の出来事が、一座の家族関係を絡めながら描かれていくのである。家族関係のひな型になったエレクトラの物語はよく知られているが、ギリシャの現代史についてはあまり知られていないので、多くの観客は、筋の展開を追うのに難儀を覚えるかもしれない。

一応簡略に述べると、1939年はナチス・ドイツによってギリシャが占領された年である。その後パルチザンによる対ナチ・レジスタンス運動がおこる。その運動に、一座の者たちも共感し、オレステースと二人の若い座員は積極的に加わるようになる。ドイツ軍によるパルチザン摘発のなかで、アイギストスがドイツ軍にアガメムノンのことを密告したために、アガメムノンはドイツ軍につかまり銃殺される。

ドイツ占領下のギリシャで、残された一座はさまざまな辛苦を味わうが、ついに1944年にドイツ軍はギリシャから撤退し、その後コミュニストの力が強まる。それに対して王党派を中心とした保守派が、イギリスの力を背景につぶしにかかる。とりわけ、1944年10月のシンダグマ広場における流血事件は大きな衝撃をギリシャ社会に与え、そこから内戦へと発展していく。その内戦をオレステースたちは、コミュニストの勢力に加わって戦うのだ。そのオレステースは姉のエレクトラと語らって、父親の敵であるアイギストスと母親クリュタイムネストラを、上演中の舞台の上で射殺するのである。

1945年2月、内戦は停戦の合意にいたったが、その合意に従わないものらは、政府によって取り締まりの対象になる。オレステースもその取り締まりの対象となったあげく、ついに捉えられて投獄され、1951年に獄死する。そのオレステースの遺体をエレクトラが一人で見舞うのだ。それ以前にエレクトラは、オレステースを追求する官憲によって拷問を受け、大勢の男たちに強姦されたりしていた。

かくて、ギリシャは保守派による政治的ヘゲモニーのもとで、1952年に総選挙を迎える段取りに至った。すでに座長のアガメムノンのほか、オレステースやクリュタイムネストラ、アイギストスが死に、またエレクトラの妹クリュソテミスも去り、当初の座員は激減していた。それでもエレクトラは一座の再建をめざす。オレステスと一緒に行動していた座員に呼びかけ、クリュソテミスの生長した息子を主役に起用し、かつての得意な演目である「羊飼いの少女ゴルフォ」を上演することとなったのである。映画は冒頭でその舞台での口上を映し出し、ラストの場面でいよいよ幕があがる所を映す。したがって全体が円環状になっているわけである。なお、一座がエギオンに到着する場面も二回映される。最初の場面は1952年のことであり、最後の場面は1939年のことである。その二つの時点を挟んで、メンバーは大きく入れ替わっている。その入れ替わりは、ギリシャの現代史によって強いられたものである。

この映画「旅芸人の記録」でアンゲロプロスは、王党派を中心にした保守勢力に批判的な目を向けている。保守派は、ナチスによる占領下においては、ナチスに積極的に協力してパルチザンを迫害し、ナチスが去った後はイギリスの力を借りてパルチザン派を弾圧して主導権を握ろうとした。これは買弁的なやり方であって、ギリシャ人の本当の民意を代表したものではない、という考えが伝わってくるように作られている。

なにしろ四時間近い大作である。その長い時間を、これもまたゆったりとした時間の流れで埋めている。アンゲロプロスは日本の溝口に強い影響を受けたらしく、画面の作り方が溝口に似ている。ロングショットの超長回し、同じ場面を移動カメラによって執拗に追うといった溝口得意の技法を駆使して、時間のなかに観客を引きずり込んでいくような作り方をしている。だから観客は、四時間近い時間の長さをそういとわしく感じないのだ。






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