ソハの地下水道:アニエスカ・ホランドの映画

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アニエスカ・ホランドの2011年の映画「ソハの地下水道」は、ナチスによるユダヤ人へのホロコーストをテーマにした作品。ユダヤ人が地下水道に潜伏して迫害を逃れようとするところは、アンジェイ・ワイダの「地下水道」と同趣旨である。ワイダの映画は、いわゆるワルシャワ蜂起を背景としていたが、この映画はルヴフというポーランドの地方都市を舞台としている。この都市は、現在ではウクライナ領になっており、リヴィウと改称されている。

その都市の下水道の修理業者ソハが映画の主人公だ。ソハは仲間の男と二人で下水道の修理を行うかたわら、空き巣狙いの副業をしている。映画はソハが空き巣狙いをしている現場を映すところから始まるのだ。その小悪党が、どのようにして人間愛にめざめるか、というのがこの映画の見どころである。

ある日、下水道の中を点検していたとき、大勢のユダヤ人たちが、下水道の中に避難してくるところに出合う。ユダヤ人の所在を当局に知らせれば懸賞金を貰えるのだが、ソハはもっと実入りのいいやり方を選ぶ。金を払わせて下水道管の中に隠れ家を提供するというものだ。下水道を使った俄不動産屋になろうというわけである。ただ隠れ家を提供するだけではない、一日二食ではあるが、食事つきだ。ユダヤ人の数があまりに多く、全員を養うわけにはいかないので、その中から12人を選んで保護する。残りの連中は自力で生きることを迫られるが、外界との接触を断たれたかれらに生き残る望みはない。

かくて、ユダヤ人たちとソハとの奇妙な関係が続く。ユダヤ人の中には、下水道の中にいるのが耐えきれず、ナチスにつかまることを覚悟して外に出ていく少女もいる。その少女に、ある男が必死の覚悟で会いに行く。だが少女は下水道の中に戻るのを拒絶する。ほかにもドラマがある。下水道の中でもセックスへの欲望を絶ち切れない男女とか、下水道の劣悪な環境の中で出産する女性とか。その女性の生んだ子を、ソハは妻と相談して育てる決意をするのだが、絶望している母親はその子を殺してしまうのだ。ソハは、その子を雪の積もった大地に穴を掘って埋めてやる。

その頃から、ソハには、ユダヤ人への奇妙な感情が湧きおこってくる。ソハは、ユダヤ人を同じ人間として見るようになり、かれらのために相応に尽くしてやろうと考えるようになるのだ。そのため、一人のユダヤ人がナチスにつかまりそうになったときには、命をはって助けてやったりもする。ナチスはその報復に、大勢のポーランド人を吊るし首にする。しかし、ナチスの横暴は長くは続かない。やがてソ連軍がやってきて、町をナチスから解放するのだ。解放されたユダヤ人たちは、みな晴々とした顔で外界に出てくる。そんなユダヤ人たちを、ソハは人間らしい感情をたたえた顔で見やるのである。

ナチスによるすさまじい暴力が、全編にわたって繰り広げられる。それを見ていると、ドイツ人というのが、いかに常軌を逸脱した冷血漢かと感じさせられる。ドイツ人をこのように描くことは、戦後の映画のみならず、さまざまな文化領域でなされてきたことなので、第三者にとってはいささか食傷ぎみに陥るところだが、当のドイツ人にとっては面白くないだろう。この映画が作られたのは、戦後60年以上たってからであり、そんなに長い時間を経ても、ドイツ人は、すくなくともポーランド人にとっては許しがたいということなのだろう。小生はドイツ旅行中に、あるドイツ人から、ポーランド人とはいまでも和解できていないと言われたことがあったが、この映画をみると、その理由がわかるような気がするのだ。

なお、この映画の舞台となったルヴフ(ウクライナ名リヴィウ)は、先日勃発したウクライナ戦争において、西側からのウクライナ支援の拠点となった。また、ウクライナから西側をめざす人々の脱出拠点ともなった。





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