カントの人間学

| コメント(0)
「人間学」は、カントが74歳の時に書いたもので、カントの著作としては、最晩年のものである。カントは死ぬ直前まで精神活動が盛んで、「人間学」のあとでも「自然地理学」や「教育学」などの著作をものしている。だが本格的な哲学的著作としては、この「人間学」が事実上最後の業績といってよい。この著作においてカントが目指したものは、人間を総合的にとらえるための手引きを与えることであった。この著作の「序文」でカントは、人間に関する知識すなわち人間学は自然的見地における人間学と実用的見地における人間学からなると言っているが、三大批判の書が自然的見地における人間の諸能力を考察したのに対して、この「人間学」は実用的見地における人間学を考察したものといえる。そのことで、三大批判の書とあいまって、人間を総合的・複合的にとらえることが出来ると考えたわけであろう。

著作は二部からなる。第一部は「人間学的教授学」と題して、「人間の外部並びに内部を認識する方法について」述べている。具体的には、認識能力、快・不快の感情及び欲求能力のそれぞれについて語られる。認識能力についての部分は、純粋理性批判で展開した議論と極めて深い関係があるが、語り方はかなり異なっている。純粋理性批判は個別的な経験を一般的な概念に高めるための人間の能力についての議論であり、人間に備わっている先験的な能力を前提にしている点で超越論的な議論になっている。それに対してここでの議論は、人間を超越論的に見るのではなく、経験論的に見ている。経験のうちに見られる人間の諸能力を観察するというのが、この著作における基本的な方法なのである。

この著作全体は、自己自身の意識の分析からはじまっている。純粋理性批判も認識の主体としての自己を前提としていたが、その場合の自己とはあくまでも超越論的なものであった。つまり経験的な自己意識ではなく、人間一般としての自己意識だったわけである。それに対してここでの自己は、普通につまり経験的に意識されるところのものである。その経験的な自己意識を土台にして、人間のさまざまな能力とか感情、欲求といったものを考察しようというのである。

人間の能力のうちでカントが最も重視するのは認識能力である。その能力は、純粋理性批判においては、先験的な要素が優位であって、その限りで、きわめて観念的な性格を帯びていた。それに対してここでの認識能力は、経験的な要素を重視するものとなっている。その場合にカギとなるのが構想力である。構想力は、純粋理性批判においては、感性と悟性能力を媒介する役割を果たしていた。主役は悟性能力であって、構想力はその悟性能力に材料を与える役割を果たしていたのである。その限りで消極的な役割を与えられていたわけである。それに対してここでの構想力は、人間の精神活動のほとんどを担うような特権的な役割を果たしている。人間の精神活動はすべて構想力の働きによって展開しているとされるのである。

快・不快の感情についての議論も、経験論的な見地から展開されている。快・不快は道徳的なものに強い結びつきがあると考えられるが、ここでの議論はあくまでも経験的な意味での感情に焦点をあてている。それによれば、人間の感情は、快適なものを求め、不快なものを避ける傾向性があるといった極めて陳腐な主張に集約されることとなる。

欲求能力についての議論は、どういうわけか、情緒と激情の差異についての議論にすりかわっている。情緒を欲求のうちに分類するのはどういうつもりなのか、よく分からぬ上に、その情緒を人間の基本的な存在態様としている。人間はなによりも情緒的な生きものとして存在するとされるのである。激情は、ふつうの感じでいえば、情緒よりも強烈な印象があるが、カントによれば、激情は一時的なだけに、情緒よりも扱いやすいとされる。情緒や激情は、ふつうの感覚では気分と同じようなものだが、カントはそれを欲求能力として扱うのである。

第二部は、「人間学的性格叙述」と題して、「人間の内部を外部より認識する方法について」語っている。具体的には、われわれが性格と呼んでいるものについて詳しく分析するのである。性格は人間の内面が外面的な形をとって現れたものだとカントは考えているわけである。性格は個人のそれに始まり、男女両性、民族、人種そして人類一般の性格へと高まっていく。それらの議論はきわめて通俗的なものを含んでおり、カントなりの偏見を反映したものである。とくに諸民族の比較などは、ドイツ人としてのカントの勝手な基準が垣間見える。カントがドイツ人をもっとも好ましい民族として扱うのは、ドイツ人としての偏見から抜けられないことの現れだろう。また、フランス人をイギリス人より好ましい民族として扱うのは、フランス人が理念を重んじる一方、イギリス人が実利を重んじることへの、カントなりの評価が働いた結果だろうと思われる。カントは商人が嫌いであった。商人は、取引相手を自分の金もうけのための手段としてしか見ないからである。そういう見方がカントを、ユダヤ人を軽蔑させる態度へ導いたといえる。カントはユダヤ人を商人の集団と見ていた。





コメントする

アーカイブ