レバノン:イスラエルのレバノン侵攻を描く

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2007年公開の映画「レバノン」は、1982年6月におきたイスラエルによるレバノン侵略をテーマにしたものだ。この侵略戦争は、当時レバノンを拠点としていたPLOを叩き潰すことを目的にしてイスラエルが始めたもので、イスラエルによる一方的な戦争といってよかった。この戦争の結果アラファトらはチュニジアに拠点を動かすことを余儀なくされ、レバノンにいたパレスチナ人の多くが殺された。陰惨な難民大量虐殺事件も起こっており、ベトナム戦争とならんでもっともダーティな戦争といわれている。そのダーティな戦争を、戦争を仕掛けたイスラエル側の視点に立って描いたのがこの映画だ。

イスラエル、フランス、ドイツ合作ということになっているが、監督のサミュエル・マオズはイスラエル人であるから、実質的にイスラエル映画といってよい。だからイスラエルに対して批判的にはなれないのは仕方がないところだろう。にもかかわらずベネチアの金獅子賞をとったのは、戦争の醜悪さをリアルに表現したことが評価されたのだと思う。マオズは、自分自身この戦争に従事し、その時の体験を盛り込んだということらしいが、戦争体験というのは、誰にとっても醜悪なものだ。

この映画は、四人のイスラエル兵が戦車に乘りこんで敵地であるレバノンの戦線を前進するところを描いているのだが、その描き方が、イスラエルが対等の敵を相手に一対一の闘いをしているというような描き方になっている。実際には、イスラエル軍はPLOやレバノン軍に対して非対照的で圧倒的な優位にあり、赤子の手をひねるような一方的な戦いを展開したわけである。したがって、この映画が主張しているような、イスラエル軍と敵側とが死闘を繰り広げたということは、基本的にはなかったはずだ。

映画は四人のイスラエル兵の心理に即して描かれており、その限りで、戦争全体についての大局的な展望は見受けられない。個々の戦士の心理にとっては、戦争の大義とか戦局への目配せなどはあまり問題にならず、自分が置かれた状況とそこでの自分の身の安全だけが関心の焦点となるのは避けられない。それにしても、自分らがあたかも弱い立場にあるかのような描き方は、あまりにもこの戦争の実態からかけ離れているといわざるをえない。

映画の中では、レバノンのキリスト教徒ファランヘ党も出て来て、それが悪役をつとめている。このファランヘというのは、イスラエル軍とともに陰惨な難民虐殺事件を起こした連中で、実際に手を下したのは彼らであったとされている。そのファランヘを悪魔のように描く一方で、イスラエル兵は純真な人間として描かれているのである。

そういうわけで、かなりバイアスのかかった映画であるが、それはイスラエルのユダヤ人としては、避けられない姿勢であったと言えるところもある。いずれにせよ、あまり後味のよい映画ではない。そこは、日本人が日中戦争や真珠湾攻撃を、日本の立場から肯定的に描くのと、大差ないところだろう。






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