
石神井川が王子を流れるあたりは滝野川といって、多くの滝がかかっているほか、渓流沿いは、今では花見の名所になっているが、戦前は、徳川時代以来の紅葉の名所だった。それも楓の紅葉だから、実に色鮮やかだった。この絵は、その眺めを描いたものである。
渓流沿いの土手に席をもうけ、そこに母子と見られる二人組が、観楓を楽しんでいる。彼女らの頭上には、真っ赤に染まった楓の葉が、色鮮やかに拡がっている。だが母子は、それぞれそっぽを向き、また楓の葉を見ているようにも見えない。母親は下を向いているし、娘は母親とは逆の方を向いているが、二人の視線の先に楓の葉はない。
母親はおそらく渓流に眺め入っているのであろう。娘は茶菓子に気をとられているのか。まだほんの小娘のようだから、それも無理はない。手前に並んで置かれている傘は、日傘だろう。またその傘と娘の間に、楓の形をあしらった旗のようなものが置かれているのは、これは観楓の作法なのだろうか。
(1930年 絹本着色 53×71㎝)
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