渡辺照宏「お経の話」

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仏教学者渡辺照宏の著作「お経の話」は、前半で、仏教の成立・発展の過程におけるお経の位置づけを解説し、後半で、大乗仏教の代表的なお経を紹介する。紹介されるお経は、般若経、華厳経、維摩経、勝鬘経、法華経、浄土教経典、密教経典である。

仏教の成立・発展の歴史については、まずブッダによる原始的な仏教の成立以後、そこから小乗仏教のさまざまな教派が枝分かれし、その後紀元前後に大乗仏教が成立したというふうに考えられて来た。しかし事実はそんなに単純なものではなく、大乗仏教的なものはすでに小乗仏教全盛の時期にも存在しており、それが紀元前後を堺にして、小乗仏教と踵を分かつ形で発展したと考えた方がよい。また一口に小乗仏教というが、それは大乗側からつけられた賤称であって、小乗側自ら名乗っているわけではない。厳密には部派仏教というべきであり、その中には大乗とよく似た大衆という教派もあったというようなことを、前半の部分で強調している。

お経についても、小乗各派のお経が古く、大乗のお経の方が後でできたとは一概に言えない。大乗経典が出来たのは紀元前後以降のことであるが、小乗の経典には大乗の経典より後でできたと思われるものもある、ということらしい。

以上を抑えたうえで、後半では大乗仏教の代表的なお経が紹介されるわけである。まず、般若経。これは大乗仏教のなかで最も早く成立したと考えられ、大乗仏教各派に共通する空の思想を盛り込んでいる。空の思想は、龍樹の中観派によって深められ、世親らの唯識派が発展させた。要するに仏教の基本的な思想が、般若経には盛られている。

般若経と一口に言っても、膨大な数の経典からなる。そのうち現在もっともよく読まれているのは、鳩摩羅什訳の「小品般若経」である。また「金剛般若経」もよく読まれている。「般若心経」は般若の空の思想をコンパクトに盛り込んだもので、一般にも広く読まれている。般若経は、日本では、浄土宗系以外の宗派に広く読まれている基本的な経典といえる。

華厳経は、般若経に次いで古い成立のお経であり、大乗仏教の基本である菩薩による衆生の救済がテーマである。十地品と入法界品が特に重要とされる。十地品は菩薩がなすべき修業の階梯について記し、入法界品は、善財童子が法界を求めて修行するさまをテーマにしている。大乗の教えの基本を示しているという点で、浄土宗系を含めてすべての大乗仏教が尊重するお経である。このお経の主人公である仏陀は、東大寺の大仏にもなっている毘盧遮那仏である。

維摩経は、在家信者維摩居士を主人公にしたお経。鳩摩羅什の訳がよく読まれている。お経の大部分は、維摩居士と文殊菩薩の対話からなっており、その内容は、いかにして法界に達するかということである。法界はさとりによって達せられるものであるが、それにはこの世はすべて空であると知らねばならないとする点で、般若経に通じるものがある。その点で、空論を展開した中観派が、般若経と並んで重視した。

勝鬘経は、北インドのさる王国の王妃勝鬘を主人公にしたお経。このお経の最大の特徴は如来蔵思想にある。如来蔵というのは、すべての衆生に仏陀になる素質があると説くことで、その素質を如来の胎児と言う意味で如来蔵と呼んだ。この思想は唯識派が特に強調したことから、勝鬘経は唯識派がもっとも重視したお経である。日本では、禅宗の人によく読まれている。

法華経は、日本では天台宗が基本経典としたことから、天台宗から派生した日本の新興仏教は、みな法華経を大事にする。とくに日蓮宗は、法華経に神の如き位置づけを付している。法華経を読むことのみならず、法華経という言葉を唱えることが、そのまま救済につながると説くのである。

浄土教経典は、俗に浄土三部経といわれ、日本では浄土宗系の宗派によって大事にされている。というか浄土宗系は、浄土三部経を唯一の経典としている。究極的な他力信仰を説いた経典である。無量寿経、阿弥陀経、観無量寿経の三つの経典からなる。

密教経典として広く読まれているのは大日経である。大日経の主人公は、華厳経と同じく毘盧遮那仏である。これを大日如来ともいう。そのことから大日経と呼ばれるようになったわけである。密教とは顕教に対比されるものである、呪文や儀礼を重んじるところに特徴がある。顕教と対立するものではなく、かえって顕教を収めたものだけが、密教に入ることができるとされた。日本では真言密教と天台密教とが並び存した。大日経のほかに理趣経もよく読まれている。






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