川崎でうなぎを食う

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山子夫妻と川崎でうなぎを食った。本来はこれに落子と松子未亡人が加わるはずだったのだが、二人ともコロナ騒ぎを理由に欠席した。その理由付けが対象的だ。落子はコロナを移されるのが怖いといい、松子未亡人は、もしかして自分がコロナを他人に移すかもしれないのが心苦しいというのだ。

夕刻、川崎駅構内の時計塔の下で待ち合わせる。ここは待ち合わせの名所になっているという。そのとおり大勢の人が周囲に群がっていたが、すぐさま山子夫人の顔を見分けることができた。亭主は便所に行っていると言う。やがて姿を現したが、肺炎予後というその姿が思いがけずに痛々しい。背中に背負ったリュックサックには酸素ボンベが入っていて、そこから伸びたビニール管が鼻に酸素を送っている。病気は小康を得たが、自力で呼吸するまでには至っていないというのだ。

タクシー乗り場まで歩いて行く間に、ちょっとした会話をかわした。山子はいかにも息苦しいといった様子で、ゼエゼエと音をさせながら言葉を吐く。隣り合わせにいると、かつては小生より頭一つ分高かった上背が、いまでは小生とほとんどかわらない。肺炎は身長まで委縮させてしまうということらしい。恐ろしいことだ。

タクシーで数分走ったところの商店街の一角に、こじんまりしたうなぎ屋があった。そこの二階の座敷に通される。おかみがあらわれて挨拶をする。ここの主人一家とは、以前川崎で暮らしていた時の隣人なのだそうだ。山子の変り果てた姿をみて、おかみはびっくりした様子だ。そのおかみに向って、山子夫人が夫の病気のことを詳しく話して聞かせる。その話を聞いて小生も彼の病気の全容を把握できた次第だ。昨年の十月に発症して以来、三度の入院を重ね、その期間は四か月にもわたった。三度とも異なった原因で発症しており、危篤状態に陥った三度目の際には、心臓の機能が著しく低下したそうだ。夫人は医師から覚悟するように迫られたという。とにかく生き延びることができて、命のありがたさを感じているということらしい。

生ビールで乾杯する。のどもとに痛快さを感じるうまさだ。サザエのつぼ焼きが出てきた後、アオダイの薄造り、かさごの生き作り、あじのたたきが順次出て来る。かさごは身が引き締まっていて、すこぶる歯ごたえがある。

山子は病気のおかげで体重がニ十キロも落ちたそうだ。そこからいまは十キロほど回復したという。折角だからあまり増やさない方がいいよ、というと、体力を維持する意味で痩せすぎるのはよくないとのこと。そんなものかね、というと、君はあまり体形が変わらないでいいね、というから、いやこのとおり腹が出てきたよといって、自分の太鼓腹をポンと叩いて見せた次第。近頃は、健康のためにリンゴ酢を呑んでいるんだが、これが腹を引っ込める効果があるというんだ。いまのところその効果が顕著に見られるわけではないが、出っ張り続ける兆候も見られないから、全く効果がないということでもないらしい。そう言ったところが、山子が強い関心を示したので、あなたにも飲ましてあげましょうか、と夫人が引き取る。

刺身のあとはてんぷらが出てきた。飲み物のほうは、先ほどから刺身に合わせて日本酒に代わっている。日本酒のあとは焼酎にする段取りだ。ともあれ、キスのてんぷらが、歯ごたえがあって、なかなかうまい。この店は、材料にいいものを使い、しかも料理の腕がよい。こういう店を馴染にしているというのは、生きる楽しみを倍増させてくれるものだ。

コロナ騒ぎで、普段はほとんど外出せず、付近の公園を歩き回るほかは、家に閉じこもっていると言うと、山子のほうは、毎日酸素ボンベを背負って六・七千メートルは歩くのだそうだ。そのおかげで体力はかなり回復し、足腰も鍛えられたが、呼吸ばかりは鍛えようがないので、このとおり酸素ボンベの世話になっている。自力呼吸ができるようになるのは、当分先のことになりそうな具合だ。

コロナ騒ぎが収まるのも、当分先のことになりそうだね。今年中はもちろん、来年の半ばごろまでは収まりそうもない。オリンピックは中止されることになるだろう。そんなわけで、今年の秋に仲間とスペイン旅行する計画だったのを中止することにした。そういったところが、それは残念でしたねと同情された。ところで、例のゴーツートラベルだが、これは回数に制限がないということだから、どんどん使った方がいいですよ。小生は夏の終わり頃北海道にいく用事があるのだが、それにゴーツーを絡めようと思っている。安くあがるからね。ともあれ、オリンピックには、すさまじい利権が絡んでいるので、バッハ会長はなかなかやめられないだろうが、コロナの勢いには逆らえないかもしれないね。

料理の仕上げはうなぎだ。関東風のかば焼きと塩焼き。塩焼のウナギを食うのは初めてだ。なかなか味がある。この店はたしかにうまいものを喰わせてくれる。これならもう一度川崎まで足を運んでもよい。

こんな具合で、コロナ騒ぎの中を充実したひと時を過ごすことができた。くれぐれもコロナには注意し、老い先を生き延びていこう。そう言ったところが、山子は感に耐えないといった表情を見せた。彼の場合には、コロナにやられることは、命取りになりかねないわけだ。





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