茸:鬼山伏狂言(能楽公演2020)

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能楽諸流派では、今年予定されていたオリンピックの記念公演として、大規模なイベントを計画していたが、オリンピックが中止になったことで、どうするか鳩首協議したところ、コロナ騒ぎで世の中が暗くなっているいま、世間を勇気づけるために、趣旨のスローガンを変えて実施しようということになったそうだ。スローガンを「能楽公演2020」と称し、千駄ヶ谷の能楽堂を舞台にして、オリンピックの当初計画期間に合わせて公演を行った。その中から狂言「茸(くさびら)」と能「道成寺」を選んで、NHKが放送した次第である。

まず狂言のほうから紹介する。「茸」は鬼山伏狂言の一つで、言葉数が比較的少なく、動作が派手なので、日頃狂言に馴染み薄い人や外国人にはわかりやすい。この日は和泉流の野村萬斎がシテの山伏を演じた。

筋書は単純である。家の庭にキノコが生えて困っている主人が、山伏に茸退治の祈祷を依頼したところ、山伏の祈祷にあわせて茸が消えるどころか、どんどん繁殖して庭じゅうが茸だらけになるというような話だ。そのさいに、茸の形をした人間が大勢出て来て、舞台狭しと動き回るところが見せどころである。

舞台には、茸の姿に扮したものがちょこんと座り、それを家の主人が眺めながら小言を言う。
「この間某が庭前へ、時ならぬくさびらが出ましたによって、取り捨ててござれば、一夜のうちにまたもとのごとく上がりまする。それより再三取り捨てますれども、おいおい大きゅうなって上がりまするによって、何やら心にかかって悪しゆうござる。それにつきここにお目をかけさせらるるお方がござるによって、参って占うてもらい、また加持をも頼もうと存ずる」

主人の呼びかけに山伏がこたえる。
山伏 「九識の窓の前、十乗の床のほとりに、瑜伽の法水をたたえ、三密の月を澄ますところに、案内を申さんというは誰ぞ」

ここで三密の月というのが面白い。小生はこれをコロナと結びつけて受け取ったのだが、実はそうではなく、もともとそう言ったという。三密とは仏教用語で、心の清らかさをいうらしい。

主人に案内されて茸の生えている庭にやって来た山伏は、早速祈祷を始める。
山伏 「まことに大きなくさびらじゃ。まず手占を置いてみょう。たんちょうけんろぎんなんば、ぎんなんば。ハハア、これはぐびんの業じゃ」
男 「ぐびんの業でござるか」
山伏 「さらば加持してとらしょう」
男 「それはかたじけのうござる」
山伏 「行者は加持に参らんと、役行者に跡を継ぎ、金胎両部の峰を分け、七宝の露を払い篠懸に、不浄を隔つる忍辱の袈裟、赤木の数珠のいらたか、ではのうて、むさとしたる草の実をつなぎ集め、数珠と名づく、この数珠にて一祈り祈るならば、などか奇特のなかるべき。ボロンボロ、ボロンボロ、橋の下の菖蒲は、誰が植えた菖蒲ぞ、折れども折られず。ボロンボロ、ボロンボロ」

ところが山伏が祈るたびに、茸の数が増えていく。びっくりした山伏は逃げ出す始末
山伏 「いろはにほへと、ボロンボロ、ボロンボロ。ちりぬるをわか、ボロンボロ、ボロンボロ。ボロンボロ、ボロンボロ。これはおびただしいことじゃ、このような所には長居は無用じゃ。ただ退け、ただ退け、ただ退け、ただ退け」

こんな具合にして、山伏は大勢の茸の化け物に囲まれながら、退散するというわけである。






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