蛮族が文明を敵視する:学術会議問題

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学術会議の人事に菅首相が介入した問題をめぐって、政権側では問題をすり替えて学術会議への非難を繰り返し、それに呼応する形で自民党が学術会議の政府からの切り離しを言い始めた。いまの学術会議は、自民党政権に批判的だから、人事への介入を通り越して、いっそその存在を抹消してしまおうというわけだ。

学術会議と同じものは他の先進国にもある。フランスのアカデミーやイギリスの王立協会は特に有名である。それらは、過去には国の機関としての位置付けもなされたことがあったが、いまは政府から独立したものが多い。そういう意味では、日本の学術会議が政府から独立した、自主的な機関となることにはたいした違和感はない。

だが、今回の政府・自民党の動きは、別の動機を感じさせる。先ほども言ったように、政府の言うことをきかないから、いっそ政府から放り出して、民営組織にしてしまおうという動機が露骨に伝わって来る。

日本にいまの学術会議ができたのは、戦後のことだ。他の先進国はどこにでもあるのに、日本だけに無いのは体裁が悪い。アカデミーのようなものの存在は文明国のあかしであるから、日本も文明国として、同様のものを持つべきだ、という発想から生まれた経緯がある。つまり学術会議は、日本にとっては、文明国としてのあかしであったわけだ。その学術会議を、いまの自民党政権は、つぶしたいと思っている。それは恐らく、文明に対するルサンチマンから来ているのだろう。

ルサンチマンと言えば、菅首相の学術会議への怨念のようなものは、まさしくルサンチマンから来ているのではないか。それは蛮族の文明への敵視といってよい。

学術会議に対してここまで敵対するのは尋常な眺めではない。学術会議のようなものをうまく使うというのが、有能な政治家のやり方ではないか。それをヒステリックになって非難し続けるのは、蛮族というより、知的ピグミーといったほうがよい。





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