カラー・ブラインドネスと犬笛政治:トランプ現象の背後にあるもの

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雑誌「世界」の最新号(2021年1月号)が、「ポスト・トランプの課題」と題する特集を組んでいる。トランプ以後というよりは、アメリカは何故トランプという現象を生んだのか、という問題のほうに重点がある。何本かの興味ある文章が寄稿されていて、小生は現代政治を考えるうえでのいくつかのヒントのようなものを得た。中でも最も参考になったのは、金子歩の小論「犬笛政治の果てに」だ。

犬笛というのは、犬にしか聞こえない波長の笛だそうだ。これとの連想で、特定の人間にしか届かないメッセージを活用する政治を犬笛政治というようだ。アメリカでは、ニクソンの頃からこの犬笛を活用してきた。メッセージがめざしているのは白人層で、その内容は非白人への差別だ。アメリカでは、1960年頃から人種平等意識が高まり、露骨な人種差別ができなくなった。そこで表面上は人種を思わせる表現を避けながらも、わかる人には人種差別的なメッセージを送る事態をさして、カラー・ブラインドネスと言われるようになったらしい。

カラー・ブラインドネスを通じて発散されるメッセージは人種差別を煽るものである。たとえばニクソンは、暴動に対して法と秩序を強調したが、それによって暴徒=黒人、法と秩序=白人という図式を広めた。ニクソンの使った言葉には、人種差別を思わせる露骨な言葉は含まれていないが、白人がこれを聞けば、黒人への差別感情を助長されるというのである。

ニクソン以来、歴代の共和党幹部はこの犬笛を吹き続けて来た。その音は白人層には有意味な音として、つまり黒人への差別感情を煽るものとして聞こえた。たとえばレーガンは、「福祉の女王」という虚構のイメージを作り、それを通じて白人の支払った税金を黒人女性が食い物にしているというメッセージを振りまいたが、これも露骨な人種差別的表現をしていたわけではなく、金持ちと貧乏人との関係の一般論として表現したにすぎない。

トランプは、こうした犬笛政治を極端化した、というのが著者の見立てである。「それは彼が得意な人物だからというより、むしろ歴史的に必然とさえ言える」と言うのである。

トランプのレトリックの中でも、今回の大統領選挙をめぐる「不正選挙」というものがある。ほとんどの論者は、トランプが「証拠」を示さずにそう主張していることを批判しているが、金子の論点からすれば、トランプは犬笛政治家として当然のことを言っているということになる。トランプにとっては、白人以外の者が政治に大きな影響力を行使するのは間違っている。黒人をはじめ白人以外の有色人種はアメリカの政治から排除されねばならない。それなのに、彼らに投票させたのは不正な選挙である。不正な選挙は認められない。

そういう趣旨のことをトランプは、アメリカの白人層に向って主張しているわけである。それに対してかなりの割合の白人層がその主張を支持している。つまりトランプは、人種対立を政治の基軸として持ち込んだのである。共和党はいまや、実質的に白人のための党であるが、いまだそれを公然とは言えない。トランプでさえ、表向きは人種差別を煽るような言い方はしてはいない。犬笛を通じて間接的に煽っているだけだ。だが今後、トランプ以上に率直な白人アメリカ人政治家が出て来て、アメリカは白人だけのための国だと言い出さすようになるかもしれない。その可能性は、この論文を読んだ限りでは、かなり高いと思わせられる。





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