学校:山田洋次

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山田洋次の1993年の映画「学校」は、山田得意の人情劇に社会的な視点を絡ませた「社会派人情劇」ともいうべき作品。さまざまな事情で夜間中学で学びなおす人々と、熱血教師との触れ合いのようなものを描いている。山田はこのテーマを長い間温めてきたというが、あまり長くたちすぎたせいで、映画が公開された頃には、いささか時代遅れの観を呈した。公開された1993年は、日本のバブル経済の絶頂期にあたり、貧困は基本的に過去のこととなり、夜間中学に象徴されるような社会からの落ちこぼれも、大きな課題ではなくなっていた。だからその頃には、夜間中学は日本人よりも外国人を相手とする方向に変わってきており、社会の関心を引くことも少なくなっていたといえる。

にもかかわらず山田は、夜間中学が象徴するような日本社会の貧困と生きづらさを、正面から取り上げている。生徒のなかには、在日外国人もいるが、主役は日本人たちであり、その日本人たちがそれぞれ重い荷を背負っているというふうに描かれている。

映画は、西田敏行演じる夜間中学の教師黒井が、校長から異動の内示を受け、それをきっかけにそれまでの教師としての生活を回想するという形で進んでいく。その回想のなかで、教え子たちが次々と登場し、それぞれに懸命に生きる姿が映し出される。最も存在感が大きいのは、田中邦衛演じる日雇い労働者イノさんで、貧困にあえぎながらも、自分なりに誇りをもって生きる姿が印象的に描かれる。そのイノさんが、急病で死んでしまう。そんなイノさんの生涯の意味について、ほかの生徒たちが考える。かれの生涯は無意味だったというものがあり、いや無意味ではなかった、かれはかれなりに幸せだったというものもある。そこで幸せとはなにか、みなでその意味を考える、といった具合に、山田のややおせっかいな傾向が垣間見られるところもある。

イノさんのほかに、いろいろな生徒の生き方が映し出される。黒井が感動したのは、自分と同じように夜間中学の先生になりたいという女子生徒の言葉だったり、卒業後は美容師の資格をとって、先生の髪をカットしたやるという女子生徒がいることだ。その一方で、日本社会の冷酷さに疎外され、怒りをぶつける生徒もいるといった具合だ。

給食のシーンが何度か出てくる。給食は、昼間の学校でも最大の楽しみだが、夜間の学校ではなおさらだろう。小生が知っている限り、公立の夜間学校では必ず給食が導入されていて、生徒たちはカリキュラムの間に食事をとる。一日の主食であるから、ボリュームはなかなかのものだ。そんな給食を楽しみながら、みなでフォークソングを歌う場面が印象的だった。そういう場面を見ると、いかにも山田らしい演出だと思わされる。

山田らしさという点では、イノさんのために無償の援助をする若い医師が描かれているのが印象的だ。この医師は、たまたまイノさんから声をかけられて、イノさんが夜間中学に入るについて力になったり、イノさんが重病になったときには、進んで面倒を見てくれる。善意の塊のような人だ。こういう人がいることで、日本の社会にも安らぎのようなものが生まれる、といった山田の心情が伝わってくるような部分だ。

この作品はそれなりに人気が出て、シリーズものとして四作が作られたが、最初のこの「学校」がもっとも完成度が高いといわれる。 





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