母子:上村松園の美人画

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「母子」と題したこの絵も、母の死んだ年に、亡き母を偲んで描いた作品である。制作にあたっては、次のような逸話がある。あるとき、松園が京の町を歩いていたら、大店の軒先に唐簾がかかっていた。それを見た松園は、俄然母親を思い出し、この絵の構図を固めたという。

絵は、その唐簾を背景にして、乳飲み子を抱く母親を描いている。乳飲み子は松園自身、母親は無論自分の母親だ。その母親は、子どもを生んだしるしである青眉を見せている。その母親の表情には慈愛が満ちている。子どもはこちらに尻をむけて、その尻を母親に支えてもらっている。ほほえましい構図である。

松園は、「青眉抄」の中の「母への追憶」という文章の中で、母の思い出を語っている。父親を早くに亡くした松園にとって、母は父親の役目も兼ねていた。そんな母を、「母と父をかねた両親」であったと書いている。母親は、親戚から再婚を勧められたが、女手一つで二人の娘を育てた。もし再婚していたら、自分は好きな絵を描くことができなかったかもしれない、といって、松園は母親に深い感謝の念を捧げている。

松園はまた、「私の制作のうち母性を扱ったものがかなりあるが、どれもこれも、母への追慕から描いたものばかりである」とも書いている。この絵にも、そうした追慕の情が強く現われているといえよう。

(1934年 絹本着色 170.0×115.5cm 東京国立近代美術館 重文)





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