糸:瀬々敬久の映画

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瀬々敬久の2020年の映画「糸」は、中学生一年生のときの初恋の感情に生涯拘った男女の物語を描いた作品。究極の恋愛映画といってよい。瀬々はピンク映画から出発したとはいえ、社会派の巨匠としてのイメージが強いので、このような恋愛映画は場違いに見えなくもないが、これはこれで見る者を泣かせる迫力ある映画に仕上がっている。さすが映画作りの名人芸というべきであろう。

瀬々はこの映画を、中島みゆきの歌をヒントにして作ったという。映画の随所に「糸」の歌声が流れているし、中島も脚本の原案作りに加わったという。小生は、中島みゆきの歌をあまりよく知らないのだが、別に知らなくても鑑賞に支障はない。

舞台は北海道の一寒村である。そこの中学校に通う男女の生徒が、花火大会の場で出会い、やがて幼いながら恋の感情へと発展していく。だが、女子は家庭崩壊のうえに、母親の情夫から暴力を加えられている。そんな女子の境遇に男子は深く同情するも、なにもできることはない。二人は別れ別れになり、それぞれの人生を歩むが、廿年後に共通の友人の結婚式の会場で再会する。再会した二人は、過去のことを思い出し、互いへの思慕を禁じることができない。しかし、すでに違った道を歩んでいる二人には、後戻りすることは困難だ、というような内容である。

この映画のポイントは、女子のみじめな境遇に代表される子どもの貧困だろう。その貧困が、かれらに普通の恋を許さない。だが、かれらは自分なりに自分の境遇を切り開こうと思っており、貧困にうちのめされているわけではない。頑張ればなんとかなると思っている。その頑張りが、今はやりの自己責任の鑑のようで、見るものに安心感を与える。弱いものが虐げられるばかりでは、誰でも見ていられないだろう。

貧困に象徴される社会的な批判意識は、瀬々の本骨頂ともいえるので、それを盛り込んだこの映画は、ただの恋愛映画を超えて、人間の生き方を考えさせるものになっている。ただ、男(菅田将暉)の生き方にやや、腰の引けたところがある。それにくらべて女(小松


菜奈)のほうは芯が強い。頑張ろうといつも叫んでいるのは彼女のほうなのだ。また、賠償美津子が気のいい老女役を演じている。こうした善意の塊のような役が彼女には似合っている。






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