2020年のギリシャ映画「テーラー人生の仕立て屋」は、ギリシャの不況に翻弄される洋服仕立て屋の物語である。ギリシャ経済は、慢性的な不況におびやかされてきたと言われるが、とくに2010年代に深刻化し、国家は財政破綻し、失業率は25パーセント以上に達した。ギリシャ経済は、EUに組み込まれているので、EUからは財政赤字の解消を求められた。それはさらなる失業の増大に結びつくのだが、ドイツなど豊かな国は、ギリシャ人の失業問題などお構いなしだ。もっとも神の配慮もあって、ギリシャ経済はどうやらもっているようであるが、この映画は、深刻な不況に翻弄される庶民の姿を描いている。
この映画が作られたのは2020年のことであり、かつての深刻な不況からは時間がたっていた。したがって、この映画に描かれたギリシャは、それよりずっと前の時代のギリシャであろう。時間を計算する手掛かりとして、テーラーの老人が1961年に開業して以来36年間やってきたと言っているから、それをもとにすれば、1997年のこととなって、例の深刻な経済危機より以前のことということになる。だが、その時点でさえも、ギリシャ経済は深刻な状態に陥っていたことが、この映画からはわかる。
主人公は、アテネの都心でテーラーを営む中年男ニコスである。この男は父親から仕立て屋の技術を仕込まれて、共同で店を経営してきたが、不況のために仕事がなくなり、店は銀行に差し押さえられることとなる。そこでニコスは、品物を手押し車に積んで、町で行商するようになる。そんなニコスを隣人の母娘が応援する。母親はニコスのためにドレスを縫い、娘はその販売の手伝いをするといった具合だ。しかし、ニコスと母親の仲があまりに親密になると、父親で夫の男が嫉妬する一方、娘も家族解体の危機を感じる。そんなわけで娘は、父親に味方して、母親を家族に引き戻す、というような内容の映画である。
これといったインパクトはない。さえない中年男のテーラーが、なんとか生きていこうとする姿が印象的なだけだ。だが彼の表情がなかなかよい。大きな目を見開いて自分の運命を直視しようとするところなど、なんとも感銘深い。かれのそんな表情を見ていたら、例のアレクサンダー大帝の似顔絵を思い出した。この俳優は、あの似顔絵によく似ているのである。
なおタイトルにある「人生の仕立て屋」は、仕事がそのまま人生だといった諦観を込めたつもりだろうか。
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