東南アジアと日本のかかわりについて聞く

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四方山話の会の全体会を三か月ぶりで催した。実はその間に一度設定したことがあったのだが、その際は誰からも参加の申し出がなかったので、幹事の石子の判断で中止になった。石子はそのまま会を解散しようとまで言い出したので、他の幹事三人でなだめて、なんとか新たな設定をしたところ、そこそこの参加申し込みがあって、かろうじて会が成り立ったわけであった。ちょうど暑い盛りのことであったが、小生はその暑さの中を会場に赴いた次第。会場はいつものとおり新橋の焼き鳥屋古今亭、参加者は小生のほか、福、島、梶、赤、浦、石の諸子,計七名である。

この日は、赤子から東南アジアと日本とのかかわりについての講演があり、それについて皆で議論した。講演は二部からなり、一部は技能実習制度の問題点をめぐるもの、二部は最近のタイの政治情勢について論じたものであった。赤子は、タイとは長い間かかわりを持ってきたので、タイ情勢については常に関心を払ってきたということだ。また、近日中に、タイで設立される日本語学校に、校長として招聘されているそうだ。

技能実習制度については、人権上問題があるとして世界中から批判されたこともあり、制度の見直しが進んでいるところだ。赤子はこの制度について、法制化される以前に遡って経緯を整理をしたうえで、この制度のどこが問題で、また、欧米先進諸国から批判される理由は何なのかについて、かれなりの分析と評価を加えたのであった。とりあえず確認できたことは、この制度が日本特有なものであり、その背景として、日本の移民否定政策があるということだった。欧米は、外国人労働者を移民として受け入れている。だから、それなりの法的な仕組みができている。ところが日本では、移民ではなく、あくまでも人材育成制度の見せかけをかぶせているので、どうしても矛盾が出てくる。その矛盾が深刻な人権問題を引き起こしている、というようなことが確認された。

そのうえで、この問題の当事者として、ベトナム人がいつも脚光を浴びるのはどうしたわけだという疑問が起きた。NHKの報道など、メディアがこの問題を取り上げるときには、人権侵害の犠牲者としてベトナム人に脚光があてられる。その理由は何かを考えると、これは、受け入れる日本側の制度に問題があることは間違いないとしても、日本に送り出すベトナム側にも問題があるのではないか、という疑問が出された。ベトナム政府に自国民の権利を守ろうとする姿勢がないから、こんな人権問題がベトナム人を見舞っているのではないか、というような憶測もなされるわけである。

赤子は、タイのほかベトナムともなにかとかかわりがあるそうで、ベトナムから日本へ人を送り出すスステムにも明るいようだ。ベトナムはいまだに北と南の分断があり、北は軍人がはばをきかし、南はビジネスの経営者がはばをきかせている。日本への人材供給は、南北問わず行われているが、北は軍出身者が、南はビジネスの経営者がエージェントを立ち上げ、人材あっせんを行っている。ベトナムでは、そうした人材あっせん業が、搾取のための合法的な手段として認知されており、そのことについての恥じらいのような感情は問題にならないようである。そうしたシステムのあり方が、ベトナム人の人権を著しく侵害するような事態をもたらしているのではないか。

最近のタイの政治情勢については、先日の総選挙とか、それを踏まえたうえでの政権選択とかが論題となった。赤子によれば、前進党のような左翼政党が進出したということは、タイの政治システムの民主化の度合いを物語るのだそうだ。とはいえ、軍部はじめ既得権益層の勢力は強く、前進党が政権を担うことはないだろう。かわってタクシン派の貢献党が中心になって連立政権を作るだろうが、タクシン派は連立の相手として、前進党ではなく、右派勢力を選ぶだろうと赤子は推測する。これは小生には意外だった。タクシン派は、反軍部というイメージがあったが、近年は、軍部を手を結ぼうとするほど、右寄りに傾いているということらしい。

タイの話題が出たところで、福子が先日タイ旅行をした経験について語った。娘夫婦がタイに駐在しているのを訪ねたということだ。そこで、娘さん夫婦はタイのどこに住んでいるのかね、と赤子が問うた。どうやら日本人は、バンコクの最高級住宅地で、日本人コミュニティを形成しているということらしい。福子の娘夫婦も、やはり有名な高級住宅地に居を構えているということだ。日本人は、東南アジアに赴任すると大名暮らしができるともっぱらの噂だ。そこで、老後の生活も東南アジアで送ったら快適だろう。皆も配偶者に先立たれたら、単身東南アジアに赴いて、現地のメイドでもやとって、快適にくらせばいいのではないか、そんな話になった。

ところで、タイの日本語学校へ招聘されたことでは、当初この秋の赴任を予定していたが、来年の春まで伸ばしたそうだ。タイに骨をうずめるつもりなので、今住んでいる家を売り払い、配偶者と共にタイに移住するつもりだ。ついては、延期して穴が開いた部分を埋めるために、ほかに相応しい人を是非紹介してほしいと言われている。そこで皆さんのなかに、タイで余生を送るのもいいと考える人がいたら、その日本語学校に紹介しますら、乗ってみてはどうですか、と真顔で提案するので、みな二の足を踏んだところだった。

とんだ落ちになったものである。この日は時の移るのも忘れて長居したうえに、石、浦の二子と例のバーに赴いた。そこで、この秋に幹事のメンバーで大阪に旅行する段取りについて談合した。十月の初めころ、新幹線で大阪に行き、二泊三日の旅を楽しもうではないか。できたら和歌山にも寄ってみよう、というような話にまとまった。





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