月下氷人:南方熊楠の近親婚論

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南方熊楠は小論「月下氷人」の第一節を大正2年11月1日発行の雑誌の「不二」に掲載したところ、大阪府警より風俗壊乱の容疑で告発され、罰金百円を課せられた。熊楠によれば、警察が問題としたのは、兄が自分の実の妹と知りながらセックスしたことを書いた部分で、近親婚を是認するが如きは怪しからぬということのようだった。熊楠はこの時の警察の態度がよほど腹に据えかねたらしく、第二節以降の中で、警察の朴念仁ぶりを散々おちょくっている。もっともその部分が公表されることはなかったが。

この逸話が示す通り、本稿は近親婚をテーマにしている。近親婚の結果親族関係に不思議なことが起こるのは避けがたいことだといい、熊楠はその一例を冒頭に挙げながら、考察の手掛かりとしている。

それは、英国人のある男がある女と結婚して一児を設けたが、その結果、その子の母はその子の祖母にも当たり、その子の父はその子の義兄にあたり、その子の姉がその子の母にもあたるというややこしい関係が生じた、というものだった。そこでこのややこしい関係の謎を解き明かしてほしいという要請が英国の雑誌に寄せられたのだが、熊楠はそれに応えて一文を草して送ってやった。しかし、その文章が相手に届く前に、別の人が当該の雑誌にその謎解きをした文章を寄せたといって、熊楠はそれを紹介するのである。

それによれば、男が結婚したのは自分の娘である。したがって生まれた子どもにとって、母は祖父の連れ合いだから祖母でもあり、子も母も同じ男を父としているから二人は姉弟の関係にあり、子にとって父は姉の連れ合いだから義兄にもなる、というややこしいことが生じるわけだ。熊楠はこれにつけ足して、「此の父は自分の妻たる娘の父ゆえ、自分が自分の舅だ。またこの娘は自分の父の妻ゆえ自分の継母だ」ともいっている。

日本では珍しい近親婚が英国でなお盛んなのは、英国では家賃が高く、狭い部屋に一家が身を寄せ合って暮らしているので、自然と近親同志が結ばれるようになるのだと熊楠はいっているが、それはちょっとこじつけだろう。しかし、日本でも古代に近親婚が盛んだったのは、記紀を通じて伺うことが出来る。イザナギ、イザナミの兄妹婚を別にしても、日本書紀人皇時代の記録にもれっきとした近親婚の記事がある。たとえば、仁賢天皇6年の記事に、ある女との間に女子を作った男が、妻の死後その母親と結びついて男子を作った。その後女子と男子とが結婚したが、男子は高麗に派遣されることになった。その際に、妻が夫を見送りながら叫ぶには、「弟でもありまた叔父でもあるいとしい人よ」と言うのであった、とある。

アジア諸国には近親婚の神話が広く伝わっているとして、熊楠はポリネシアの神話を例に挙げている。それは創世神神話の一種で、最初に登場した男神がまず自分で女神を生み、ついでその女神と結婚して孫女を生み、さらにその孫女と結婚して曾孫を生んだというものだ。これは世界の始まりに際してたった一人の男神が生じ、その男神の子孫が次々に登場したという体裁の話であって、その点では日本の国造り神話やアダムとイブの神話などと共通するところがある。

ところで、日本で近親婚が行われなくなったのは仏教の影響だと熊楠は言う。仏教の律蔵などは近親婚を厳しくいましめ、近親婚を犯した者は地獄に落ちると教えている。地獄に落ちることを畏れた日本人は次第に近親婚を避けるようになったというのだが、仏教の本場インドでは、釈尊が現れるまでは、近親婚は盛んだった。むしろ釈迦族などは血の純潔を尊ぶ余り近親婚を勧めていたほどであったらしい。仏教が近親婚をいましめるようになったのは、こうした事態への反動でもあっただろう。

英国の例は別にして、キリスト教国では近親婚を忌む風潮が強い。近親婚は文明が野蛮な徴なのだとヨーロッパ人はよくいい、東洋人を軽蔑する。しかし旧約聖書ほど猥褻乱倫な書は天下にないといって熊楠は反撃する。「キリストの先祖ほど、買娼(じょろかい)、親族姦、内揩外泄、畜妾、その他あらゆる淫事に富んだやからはない」というのである。

さて、小論の表題「月下氷人」とは、そもそも婚姻にかかわる言葉だ。月下のほうは、月下に座って婚姻の書を読んでいたという中国の老人の故事からきており、氷人のほうは、氷上に立って氷下の人と語る夢を見た晋の令狐策の故事からきている。その夢の意味を解くと、「氷上は陽で男、氷下は陰で女だ。氷上にあって氷下の人と語ったと夢みたは、男のために女と語ったんで、人に媒酌を頼まれ相談調ってめでたく婚姻が成立する」ことを意味する。このことから仲人(媒酌人)のことを氷人というようになった、とも熊楠はいう。

ついで熊楠は、この仲人にかかわる話を展開する。ところが熊楠がもちだす仲人の話には不吉なものが多い。折角結婚しても未来には陰惨な運命が待っているというような内容のものばかりだ。たとえばアラビアの仲人の話。生まれた女子の運命を聞かれた占い師が其の子の未来を聞かれて、成長して100人の男に淫を売り、次に現在その子の両親に仕えている僕の妻となり、最後には蜘蛛に殺されると予言したが、果して周囲のものがそれを避けようとして随分と努力したものの、結局その通りになったというような話である。同じような話は中国にもあり、またそれが日本にも伝わって、西鶴なども同じような話を書いているが、アラビアと中国との間にどのような関連があるのか、そこまではわからないと熊楠は言っている。

近親婚から始まって、最後は一家の系図粉乱の典型例として仏教三蔵中青蓮華比丘尼の話になるが、ここで蓮の話から脱線して女陰崇拝の話が繰り広げられるに至る。というのも蓮はしばしば美女に譬えられ、女陰は紅蓮に例えられることが多いからだという。

ことほどかように熊楠先生の話は面白い。さてこそ先生自ら曰へらくは、「ことに政府に糊口する官吏(やくにん)輩は、熟(とく)と読んで置きなはれ、熊楠菩薩の引言(ひきこと)はみな良薬じゃほどに」


関連サイト:南方熊楠の世界







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