真鶴で手料理を振る舞われる

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先日の四方山話の例会の席上、浦子が真鶴に持つ別荘で一席設け、そこで自分の手作りの料理を振る舞おうと言うので、その場に居合わせた何名かが手を上げて応じた。そんなわけで、十月末の木曜日の午後一時に、真鶴駅前に五名が集まった。招待主の浦子のほか、石、岩、梶の諸子及び小生である。六谷子も参加するはずだったが、急に知恵熱が出たとかいって来なかった。

駅前の魚屋で買い出しをし、タクシーに分乗して別荘に向かった。別荘はリゾート型マンションの一室で、海岸に面し、非常に眺めがよい。七階建てで、分譲価格は階によって差がある。一番高い七階が七千万円、一番安い一階が七百万円だったそうだ。こんなに格差が激しいのは、このマンションがリゾート型だからという。一階の部屋は半地下になっていて、ただでさえ鬱陶しいのに、眺望が全く利かないので、こんなにも安いのだそうだ。浦子の部屋は三階にあった。当然眺めがよい。

一服したのち海岸を散策した。マンションの裏手はすぐ波打ち際になっていて、そこはだいたいがごつごつした岩場からできていたが、その岩場の岩を踏みこえながら歩いた。恰も満潮で、岩場はほぼ浸水し、歩くに多少の難儀を覚える。普通なら波打ち際を伝って真鶴の海水浴場まで行けるそうなのだが、折から満潮で岩の大部分が水没しているとあって、足場が非常に危うい。安全を慮って途中で引き返し、福浦漁港の方へ歩いて行った。漁港には釣り客の姿を多く見かけたが、余り釣れている様子には見えなかった。浦子が言うには、ここは本来よい釣り場なのだそうだ。

漁港のすぐそばまで丘がせり出し、その丘の斜面に夥しい数の墓石が見える。これらの墓石はみな京都の方向を向いているのだそうだ。その理屈を浦子が説明してくれたが、どこがどんな理屈になっているのか、いまひとつ呑み込めなかった。その近くにある別の墓地は真宗の寺のもので、これは真宗らしく墓石に南無阿弥陀仏と彫ってあるのが多い。中に倶会一処と彫ったものがあったが、これは極楽浄土で一緒に楽しく暮らしましょう、という意味だそうだ。

浦子が料理をしている間、他のものは湯河原の温泉に浸かろうということになり、タクシーを雇って日帰り湯をやっているホテルに行った。湯河原駅近くの温泉ホテルである。そこの内湯につかったのだが、これが余り大きくはないものの、露天風呂やらヒノキ作りやら何通りかの湯船からなっていて、調子に乗って浸かっていると、湯あたりする恐れが強い。実際小生はすっかり湯あたりをして、まともに立っている事が出来ず、裸のまま床に伸びてしまった。梶子などはそんな小生の醜態を冷やかして、キンタマをさらしながら伸びてしまったので、一時はどうなることかと心配しました、と言う始末である。

六時に別荘に戻ってくると、膳の上にすでに料理が並べられていた。メインには先程魚屋で仕入れた赤目といさきの刺身、そのほか様々な手料理が並んでいる(その様子は上の写真で確認されたい)。これを浦子ひとりで作ったというから、小生などは大いに感心した。これなら自分で小料理屋をやっても、けっこう流行るにちがいない、そうお世辞を言いながらご相伴にあずかった次第だ。

料理を食いながら、ビールやら吟醸酒やらジャックダニエルスやら、手当たり次第に飲んだ。小生は先程の湯あたりがまだ収まらなかったが、他の連中に煽られるようにして飲んだ。飲みながら談論風発議事快哉止まるところを知らぬ。学生時代の思い出やら、現代思潮の批判やら、先日のヨーロッパ旅行の総括やら、論題は次々と変化し、そのたびにみな悲憤慷慨してため息をつくやとおもえば、おれはまだまだ元気で生きるのだとそれぞれに明瞭なる未来を展望するやらで、一時老いを忘れるのであった。

老いと言えば、お前はこの年になっても豊穣たる熟女たちと仲良くしているようだが、彼女たちは何者かね、と石子が小生に言うので、彼女らは異性の友だちさ、人間と言うものは異性の友だちを持つべきだよ、それだけ世界が広がるからね、と小生が答えると、お前は異性の友だちを前にあやしいことをして楽しんでいるんじゃないのか、とへんなことをいうので、そんなことをするはずがない、異性の友だちは大事にしなけりゃならんからね、と小生は反論する。

こんなバカ話をしているうちに、小生は先程の湯あたりの影響もあって、俄に眠気を催したので、ひとり先に失礼して寝床にもぐることとした。

翌朝目が覚めると、浦子が朝飯の支度をしている。昨夜は何時まで起きていたのだい、と聞くと、二時頃まで起きていたという。小生は寝床の中で、時折彼らが大声で議論する声を聴いたが、その議論を二時頃まで続けていたということらしい。その気迫たるや、小生にはなかなか真似できるものではない。小生は何しろ、早寝遅起きのタイプであるから。

そのうち石子と岩子が起き出してきたが、二人とも寝不足気味の顔をして、石子などはまだ酒が残っているという。梶子は早起きして会社に出かけたそうだ。その際携帯電話が見当たらぬと言って、駅とマンションの間をタクシーで二度も往復したそうだ。いかにも梶子らしいといって皆で笑った。

四人で朝飯を食う。アジの干物と月見納豆、サラダとシラスおろし、それになめこの味噌汁までついた豪華な朝飯だ。筆者などは飯と味噌汁をお代わりした。浦子の歓待ぶりにはなんとも頭の下がる思いがするばかりだ。

十一時頃別荘を辞し、タクシーで駅前まで行き、昨日買い出しをした魚屋で土産を買って、東京方面行きの列車に乗り込んだ。

こんなわけで今回は、心に響く小さな旅になった。




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