遥かなる山の呼び声:山田洋次

| コメント(0)
yamada06.harukanaru.jpg

1980年公開の山田洋次の映画「遥かなる山の呼び声」は、1950年代に大ヒットした西部劇映画「シェーン」の主題歌の日本語題名である。そんなこともあってこの映画は、「シェーン」を連想させるものがある。風来坊が突然やってきて一家にいつき、一家のためにいろいろ手助けをしているうちに、その家の子どもやその母親から愛されるようになる。だが最後には風来坊は何も言わずに去ってゆく。その去りゆく風来坊の背後から小さな男の子が「シェーン・カム・バック!」と叫ぶ。その場面を記憶している人もいるだろうと思う。

山田洋次のこの映画には、こうした「シェーン」の筋書きを大筋で思い起こさせるものがある。突然やって来た風来坊が、一家のために手助けをしているうちに、その家の小さな男の子に慕われるようになり、その母親から愛されるようになる点。男が突然彼らに別れを告げて去ってしまうところなどだ。しかし「シェーン」と違うところもある。男が殺人犯のお尋ね者で警察の目を逃れている最中だという点、最後に観念した男が自ら警察に自首するところ、判決が下って網走刑務所に向かう列車の中で、倍賞千恵子演じる母親が乗り込んできて高倉健演じる男に待っていますと告げる場面だ。その告げ方が心憎い演出になっている。ハナ肇演じる気のいいやくざが、二人のために一肌脱いで、直接言葉をかけられない倍賞にかわって、彼女の気持を代弁してやるのだ。この場面が泣かせる。

この最後の場面は、あるいは蛇足かもしれない。こんな場面がなくても、倍賞の高倉への愛がたしかなものだということは観客にも十分にわかっている。それでも、しつこくなるのを承知でこの場面をあえて加えたのは、山田のこだわりだろう。最後に流される音楽が「シェーン」のテーマ音楽と似た雰囲気なのは、この映画が発想された経緯を思い出させる。この映画には遥かなる山など出てこないのだが、「シェーン」にはそれがふんだんに出てくる。だからタイトルだけにでも遥かなる山を持ち出さないと格好がつかないと山田は思ったのだろう。

倍賞の気持を聞かされた高倉が感極まって涙を流す。映画の中とはいえ、高倉が涙を流すのは、生まれて以来始めてのことだったに違いない。彼は子どもの頃でさえ、どんなにつらいことがあっても涙を流さなかった。その男が涙を流したのであるから、それがどんなに感動的なことか、いわずともあきらかだろう、そんなふうに思わせられるところだ。なおこの場面で、涙を流す高倉に倍賞が黄色いハンカチをわたすところがあるが、これはあの「幸福の黄色いハンカチ」を思い出させる。山田という監督は、こういう細かいところへの配慮が行き届いている。

この映画がただのメロドラマに終わらずに、観客に深い余韻を残すのは、こうした細かいところへの配慮の賜物だと言えよう。






コメントする

アーカイブ