チャドルと生きる:ジャファル・パナヒ

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ジャファル・パナヒによる2000年のイラン映画「チャドルと生きる」は、現代イラン社会における、女性たちの境遇を描いたものだ。この映画を見せられると、現代の地球の一角に、女性がかくまでひどい抑圧を受けている社会が厳然としてあることに驚かされる。女性への抑圧ということでは、タリバーンとかISとかが思い浮かぶが、これは一応大国と言えるイランでのこと。イランはイスラームの社会ということだが、イスラームというのはどこでも女性に抑圧的なのかと、思わされてしまう。イスラーム映画でも、アッバス・キアロスタミの映画は、女性への抑圧はほとんど感じさせなかったので、どちらがほんとうのイランの姿なのか、考えさせられてしまうところだ。

映画は、何人かの女性の行動を、カメラが追いかけるようにして、映し出すことからなる。筋書きのようなものはない。入れ替わり立ち代わり数人の女性が出て来るが、彼女らの間には相互に深い関係は認められない。ただそれぞれの行動が、漫然と映されるだけだ。それもわずか一日の出来事として。

映画は、ある女性が分娩に臨んであげる叫び声から始まる。生まれてきた子が女の子だと聞かされた妊婦の母親はパニックになる。男の子を望んでいた夫の家族が、女の子を受け入れてくれないと知っているからだ。そこで、相手方との交渉を、親戚のアブドルに頼もうとして、他の娘を使いにやらせる。その娘が街に探しに出たところで、三人の女たちとすれちがう。

その女たちのうちのひとりは、通行人とトラブルを起こして、警察に連れていかれる。残った二人は、町をさまよい歩くが、どういうわけか警察官を極度に恐れる。どうも彼女らは、刑務所から脱出してきたようなのだ。この二人は、アレズーとナルゲスといって、故郷の村に帰ろうかと思っている。しかし、そのための金がない。そこでアレズーが、おそらくは売春をして金を作り、その金でナルゲスを故郷行のバスに乗せる。しかしナルゲスは、どういうわけかバスには乗らず、アレズーを探し回る。

そのアレズーは友人のパリのもとを訪ねるが、家族によって拒絶される。そのパリも兄弟たちによって家を追われ、町をさまようはめに。彼女は妊娠していて、なんとか堕胎したいのだが、身元が怪しいこともあって、堕胎することができないでいる。友人の女性が病院に勤めていると知って訪ねていくが、そこでもうまくいかない。絶望して町をさまよいあるくうち、小さな女の子とその母親と会う。母親は女の子を路上に捨てて姿を隠す。泣いている子どもを、路上販売の老人が気にかけ、警察を呼んで施設に入れてもらうよう図る。

その母親は、駐車していた車に声をかけられて、乗り込むのだが、実はそれは警察の囮車両で、売春婦を取り締まっていたのだった。母親は警官の目を盗んで逃げることに成功する。そのさまを、あげられたばかりの街娼が見送る。その街娼は、夜遅くなって拘置所にぶち込まれる。そこへ看守があらわれて、ゴラミはいるかと叫ぶ。ゴラミというのは、映画の冒頭で産褥の叫びをあげた妊婦の名である。この妊婦は、女の子を生んだトガで拘置所に入れられたのだろうと、強く感じさせながら映画は終るのである。

この簡単な説明からも伝わってくる通り、これらの女性たちには、全く救いがない。彼女ら一人一人の救いのなさもさることながら、イランでは、女は一人前の人間としては扱われていないということが、映画の端々から伝わって来る。たとえば女は一人では街を歩けないとか、身元が明らかでないとどんな行為もできないとか、公式の場に顔を出す時には、チャドルを着用しなければならないとかいったことである。チャドルというのは、女性が頭からかぶる外套のことで、これを着用しないのはぶしつけなことらしいのである。

もっともこの映画の原題は、ペルシャ語のことはわからないが、イタリア語や英語の表示では、円環となっている。最初に出て来た人物の名前が最後に言及されることから、事態が一周して閉じられたということを言いたいのだろう。





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