不思議惑星キン・ザ・ザ:ソ連のディストピア映画

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1986年のソ連映画「不思議惑星キン・ザ・ザ(Кин-дза-дза!)」は、ある種のディストピア映画である。ロシア人にとって、ソ連とディストピアの組合せは、なにかミスマッチなものを感じさせるが、この映画はそれを緩和させる意図からか、ディストピアを地球とは別の惑星に設定している。その惑星に紛れ込んでいった地球人が、そこで異常な体験をするというもので、そういう点ではSF映画としての側面も持っている。

二人の地球人が、時空をワープして別の惑星に舞い降りる。そのワープにはたいしたお膳立てはない。異星人らしいものと接触した二人の地球人が、わけもわからぬうちに、別の惑星に移動してしまうというものだ。その二人の地球人というのは、何の変哲もないロシア人と、グルジア人の学生である。学生は他人から預かったバイオリンを持っていることから、ロシア人からはバイオリン弾きと呼ばれる。そのロシア人をバイオリン弾きはおじさんと呼ぶ。その二人がわけもわからぬうちに別の惑星に紛れ込むわけだが、そこは広大な砂漠のど真ん中だった。二人はそこを地球のどこかだろうと思っているが、地球にしては不思議なことが起り続ける。やがて二人はそこが、地球ではなく、全く別の惑星であることを悟るのだ。

映画は、その惑星における二人の冒険めいた行動を描く。その惑星の住人は、地球でいえば、ホームレスのような格好で、へんてこな言葉をしゃべる。言葉には二種類しかない。クーとキューである。キューのほうは不愉快をあらわす。それ以外のすべての事柄はクーという言葉であらわされるのだ。もっとも彼らは他人の心を読む能力があって、その能力にもとづいてロシア語を話すことができるのだが。

この惑星は徹底したカースト社会で、下のカーストの者は上のカーストの者に絶対服従である。服従の仕方にはスタイルがある。両手を左右に伸ばしながら、膝を屈するのだ。カーストには目印があって、一番上位のカーストは黄色いステテコをはいている。そのステテコを見たら、だれでも服従の姿勢をとらねばならない。

二人は、へんてこな宇宙船のような乗物に乗って現われた二人組と仲良くなる。そのうち、もしかしたらその二人組の助けをかりて地球に戻れるかもしれないと思うようになる。その二人組は、ことあるごとにマッチを欲しがる。マッチはこの惑星では権力のシンボルらしいのだ。これを沢山もっていると、カーストのランクが上がるらしい。

二人は、そのほかに色々な現地人とかかわりあう。現地人たちは、二人の演奏する音楽にうっとりとして、なんども聞きたがる。それは調子はずれのバイオリンに乗せて歌われる下手な童謡なのだが、それが現地人には甘美な音に聞こえるようなのだ。また、女どもはさかんに腰を振って色気をふりまく。

映画の最後に二人は地球に戻ることができるのだが、それは例の二人組の計らいではなく、別の現地人の計らいによるものだった。それも、第三の惑星を経由してのことだった。その戻り方というのが面白い。二人は自分たちの過去を辿り直すことで、ワープする直前の時点まで戻るのだ。その時点であらためて巡り合った二人は、お互いを認め合う。しかしそこで親しくしたら、再びあの惑星に舞い戻る気がして、別々の道へと分かれて進むのである。

この映画は、ソ連時代のロシアで大ヒットしたそうだ。日本でも公開されたが、日本人はロシア人ほど感心しなかった。むしろ軽蔑する人間が多かったのではないか。あまりにも幼稚に思えたのだ。こんな幼稚な映画を喜ぶのは、ロシア人位なものだと思ったのではないか。






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