東京夜曲:市川準

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市川準の1997年の映画「東京夜曲」は、前作の「東京兄妹」同様、市川のある種器用さのようなものを感じさせる。これといった劇的な要素がなく、その意味でアンチ・ドラマといってよいのだが、観客を退屈させることはなく、なんとなく最後まで見させてしまい、見終わったあとでそれなりの余韻を残すといった具合だ。こういう映画は、だいたいが失敗に終わるものだが、そうさせないのが市川の腕の見せ所といえようか。

テーマは、男女の愛。しかも一風変わった愛だ。昔恋人同士だった中年の男女が、色々ないきさつを経て何年かぶりに再会し、昔成就できなかった愛を取り戻そうとして、もがくところを描く。結局その愛が取り戻されることはないが、しかし一時の肌の触れ合いを通じて、互いの心を確認しあうというような内容だ。

男女のうち男には妻子があるが、女は夫に先立たれて独り身だ。男の妻は、夫が他の女を愛していることを知っている。しかし何も言わない。彼らの過去のことを知っているからだ。だからといって、男はそれをよいことに、女と不倫を続けるわけにもいかない。女はそんな関係をうとましく思って、自分から身を退いて、男の前から去っていくのだ。

ただそれだけのことで、どこにでもあるような話なのだが、そこを見せる映画にしている。その映画としての成功には、いくつかの要素を指摘できる。男が長い間の放浪の末に戻って来たという設定、男と女が、それぞれ道を挟んで向かい合って暮らしているという設定、男と女が幼馴染に近いような親しい関係にあるといった設定などだ。それに男の妻が、よくできた女として設定されている。だから、男と女の愛は、ある意味自然の流れに乗った無理もない出来事として見えてくるようになっている。ここまで道具立てが揃ったら、松ぼっくいに火がつかないのがおかしいというわけであろう。

男を長塚京三、女を桃井かおりが演じている。桃井にしては彫の深さを感じさせる演技だ。その二人に倍賞美津子が男の妻としてからむ。彼女は、桃井の仲のよい友人でもあり、その桃井と夫が愛し合うことに嫉妬は感じない。これは、よほどできた人間でなければ、むつかしい役柄だ。なにしろ、自分の目の前で、仲のよい女と夫が愛し合っていることを見せつけられるのだ。

そんなわけで、全くドラマの要素がないというわけでもないのだが、それにしても劇的な展開があるわけではなく、平凡な日常が淡々と過ぎていくといった具合なのだ。

舞台となった町は、東京東部の下町の一角。総武線の荒川鉄橋が出てきたり、新中川らしい川が映ったりしているから、江戸川区、或は葛飾区あたりではないか。男と女が店を構えて暮らしているのは上宿商店街というので、調べてみると、亀有あたりにその名の商店街があることがわかった。おそらくそこが舞台なのだろう。






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