エズラ・ヴォーゲル「日中関係史」を読む

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エズラ・ヴォーゲルは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の著者として日本では人気がある。一方、鄧小平の伝記を書いたことで中国人にも人気がある。そのヴォ―ゲルが、1500年にわたる日中関係の歴史を研究した本「日中関係史」を書いた。本人は日中どちらかに肩入れしているわけではなく、かえって日中両国の双方の味方だと言っている。その日中両国の関係が、近年あやしくなっている。日中両国は本来友人同士であり、仲よく共存すべきである。ところが対立がエスカレートしている。どうしたら対立を乗り越えて、本来の望ましい関係に戻ることができるか。そんな問題意識からこの本を書いたそうだ。読んでの印象は、第三者の視点から日中関係のこれまでの歴史を振り返り、未来に向けて望ましい関係を築いてもらいたいという気持ちが込められていると感じた。

日中対立を煽っているのは、日中関係の歴史、特に近代史の認識をめぐる相違だというのがヴォ―ゲルの基本的見方だと言える。日清戦争から第一次大戦を経て日中戦争に至るまで、日本による中国への侵略が続いた。これについて日本では、侵略を反省する気持ちを大多数の人が抱いているが、その気持ちが中国人には伝わっていない。中国人はいまだに、日本による侵略にこだわっている。それは日本による謝罪が不十分だと考えるからだ。しかし、そうした関係は主として為政者レベルのもので、民間レベルでは、両国は関係を深めている。為政者は、日中対立を煽ることに利益があるから煽るわけだが、そうした行為は中国について強く指摘できる。一方日本の為政者も、たとえばA級戦犯を合祀している靖国神社への参拝を続けるなど、中国をいたずらに刺激するような行動を繰り返している。こうした双方における自己本位な行動が、両国の対立をいたずらに強めているとヴォ―ゲルは見ているのである。そうした見方は、当事者としての日本人と中国人にとって非常に参考になるのではないか。

最近の日中の対立は、1972年における日中関係正常化以後、日中関係がきわめて良好な時期があっただけに、残念なことだとヴォ―ゲルは言う。日中間には良好な関係を築いた時期もあるのだから、もともとうまくいかないというわけではない。やり方次第では良好な関係を築けるはずなのだ。そのためには、日中双方にとってどのようなことが必要なのか、それをヴォ―ゲルなりに考えたうえで、日中両国の為政者や国民に関係改善のヒントとなるようなものを提示しているのである。

日中関係の未来ということでは、今後中国が世界の大国になるという見込みを織り込んだうえで、望ましいあり方を模索する必要がある。中国は世界の大国になっても、これまで欧米諸国が中心になって築いてきた世界秩序の枠組を尊重せざるを得ないというのがヴォ―ゲルの基本的な考えだ。たとえ中国がアメリカをしのぐ大国になっても、中国流のやり方を世界に押し付けることはできない。そんなことをしたら、世界はひどい混乱に見舞われる。だから中国は欧米式のやり方を踏まえるべきなのだ。一方日本は、戦後アメリカと深い関係を築き、欧米の流儀を身に着けている。日本はいま日米同盟を通じてアメリカと深い関係を結んでいるが、これは日本にとってもアメリカにとってもよいことであり、さらに中国にとってもよいことだ。じっさい中国は、日米安保が日本の軍事大国化にブレーキをかけていると認識し、積極的に評価してもいるのである。もし日米安保が崩壊するようなことになれば、日本は自力で防衛する必要に迫られ、軍備拡大や核武装を追求する可能性が高い。それは中国にとってよくないことなのだ。そんなわけでヴォ―ゲルは、日本に対しては今後とも欧米寄りのスタンスの維持を求める一方、中国にも欧米的な秩序の尊重を求める。その上で両国が、互いに相手を理解する努力を重ね、無用な対立を乗り越えるよう期待するわけである。その辺のスタンスは、白人系のアメリカ人としてのヴォ―ゲルにとって、身に染みついたものだと言えよう。

日中関係1500年の歴史と銘打っているとおり、古代から近現代に至るまでの日中関係の歴史を俯瞰的に提示している。近代以前の日中関係は、東アジアの大国として自己中心的な世界観を持つ中国に対して、自立性にこだわる日本が中国との対等な関係を求めた歴史だったとヴォ―ゲルは総括している。そうした関係のなかでも、やはり中国のほうが手本でありつづけた。ところが近代以降になると、いち早く近代化に成功し、世界の大国の一員になった日本が中国の手本となった。じっさい中国は、近代化を追求する過程で、大量の留学生を日本に送り込んだのであり、その中から中国の近代化に多大な貢献をする人物を輩出したのである。今後求められるのは、そうした一方的な関係ではなく、双方向の関係だ。日中双方が、互いに相手を理解し、尊敬の念をもって接するようになれば、おのずと望ましい関係が築かれる、というのがヴォ―ゲルの見立てだ。

中国と日本とは、隣人の関係にある。そうした地政学的な間柄は今後もついてまわる。隣人関係とは腐れ縁と同じで、そうたやすく無視できるものではない。それだからこそ、中国嫌いで中国包囲網作戦に取りつかれた安倍晋三のような政治家でも、なんだかんだ言いながら中国との関係に意を用いざるをえなかった。なにしろ中国はいまや巨大な経済力を持っており、中国との付き合いなしでは、日本経済はもたないような関係になっている。ところが、安倍政権を引き継いだ菅政権は、またもや中国包囲網にうつつをぬかす兆しを見せている。なんとも短慮の限りだが、これは日本の為政者の一部にとりついている夜郎自大的なナショナリズムが猛威を振るっているということなのだろう。それでは今後の日中関係に望ましいあり方を示すことはできない、とヴォ―ゲルと共に思わざるをえない。

訳者の益尾知佐子は中国問題の専門家で、「中国の行動原理」などの著作がある。エマニュエル・トッドの家族類型論を応用して、中国人の行動パターンを分析している。エズラ・ヴォーゲルとは、ある種の師弟関係を結んでいるらしく、「現代中国の父鄧小平」を翻訳してもいる。なお、この本の出版元は日経新聞社だが、日経は中国市場が日本経済にとって持つ重要性にかんがみ、両国の相互理解を深める目的で、この本を出版したということらしい。





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