トランプ王国:金成隆一のルポルタージュ

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トランプがアメリカ大統領に選出されたとき、世界中が驚いた。だが、それはバイアスのかかった目で見たからであり、事実を虚心に受け取っていれば、十分予測できたことだと言われもする。2016年のアメリカには、トランプを大統領に押し上げるような要因があったのであり、トランプはなるべくしてなった、という見方も出来る。金成隆一のルポルタージュ「トランプ王国」は、そうしたアメリカの動きについて、アメリカ国民の懐に飛び込むかたちで、生々しく描き出している。

アメリカの大統領選挙は、予備選から始まり本選での決戦投票及び代議員たちによる最後の選出プロセスにいたるまで、ほぼ一年かかる。トランプが予備選のスタートにあたって共和党から立候補したとき、大勢の人は泡沫候補扱いした。トランプはテレビで有名だったし、人気もあったが、なにせ言っていることが極端で、でたらめもいいところだ。いくらアメリカでも、そんなトランプを大統領に選ぶなどありえないというような雰囲気が強かった。ところがトランプは、そうした雰囲気をあざ笑うかのように、精力的な選挙活動を展開し、ついにアメリカ大統領の座を射止めた。

金成は、朝日新聞のニューヨーク特派員として、たまたま大統領選を取材する機会にめぐまれた。その取材を通して、現在のアメリカが抱えるさまざまな課題が見えてきた。そうした課題に正面から向き合えば、なぜトランプのような型破りの人間がアメリカ大統領に選ばれたか、よく理解できるというのが、金成の新聞記者としての感想のようだ。

金成のこの報告を読むと、いまのアメリカ人の多くが置かれている状況がよく見えてくるようになっている。そうした人々の状況を考えると、トランプ人気の秘密がとけてくる。トランプは、いまのアメリカ人の多くの人々が抱えている疑問や反発に、かれなりのやり方で答えることで、その信頼を勝ち取り、大統領の座を得ることに成功した。そう言うと、金成はトランプの登場を当然のこととして受け取り、そうした状況に納得しているように思われるが、事態はそう単純ではない。

金成は、トランプ個人の人格については、かなり厳しい見方をしている。トランプは、どう贔屓目に見ても立派な人間ではない。いかがわしい人間というべきだ。だから、そんな人間を大統領に選んだアメリカ人は、愚かな人間たちかというと、必ずしもそうではない。かれら普通のアメリカ人は、みな気のいい人たちだし、真面目に働いている。しかしその真面目な生き方がちゃんと報われない。かえってみなひどい目にあっている。だから、そうした人々がトランプに期待をかけるのは無理もない。そういう観点から、トランプ現象を複眼的に捉えようとしている。

金成は、そうした普通のアメリカ人に直接話を聞くことを通じて、いまのアメリカ社会が抱えている根本的な問題を洗い出し、なぜトランプ現象が起きたのか、その原因を探ろうとした。それがこのルポルタージュの目的だといえる。

今回のトランプ現象を担ったのは、ラストベルトと呼ばれるような旧工業地帯である。この地帯は、かつてはアメリカの土台として、アメリカの繁栄を支えてきた。ところがいまでは、国際的な競争に敗れ、廃れる一方である。そうなった理由はいろいろあるが、決定的だったのは、グローバル化と呼ばれるような国際競争の過激化だ。アメリカはその競争に敗れて没落し、その結果中産階級が甚大な影響を蒙った。こうした流れを食い止め、ふたたびアメリカを夢のある国に戻すには、アメリカ第一の政策を取らねばならない。ところが、従来アメリカ政治を担ってきたのは、共和党も民主党も差別なく、大資本の意向を受けたエスタブリッシュメント勢力だ。トランプなら、そうしたエスタブリッシュメント勢力を無視して、自分たちのために戦ってくれる。そんな期待がトランプを大統領に押し上げた。

じっさい、今回の大統領選挙の行方を決定的に左右したのは、ラストベルト地帯の各州の動向だった。ウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニアといった州がそれに含まれるが、これらは従来民主党が強かった。それをトランプが押さえることで、最終的に勝利することができた。だから、これらの州でどのような変化が生じていたのか、それを押さえれば今回のトランプ現象は正しく理解される。そう金成は考えて、ラストベルト地帯を中心にして、百人を超える多くの人々にインタビューを重ねていった。この本はそうしたインタビューの集大成なのである。

トランプ現象はとりあえずアメリカの出来事だったが、それを巻き起こした底流は、ほかの先進諸国も共有していると、金成は見ている。だから、日本を含めてどの国でも、同じようなことが起こる可能性はある。それはおそらく民主主義にとっての危機を意味するだろうというのが、金成の意見だ。この本はだから、すでに起きた出来事についての分析であるとともに、将来を見据えての提言でもあるという性格を併せ持っている。金成自身はリベラルな姿勢をとっているようなので、トランプ現象が反復されるのは好ましくないと受け止めている。しかし、アメリカやほかの先進諸国の原状からすれば、今後もトランプ的なポピュリズムが反復される可能性は非常に高い。そんな問題意識を投げかけながら、金成はこの本を日本の読者に差し出したということのようだ。






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