1914年の秋から翌年いっぱい、萬鉄五郎は家族を連れて、岩手県の郷里和賀群東和町土澤に身を寄せた。そこで電灯会社の代理店を営む一方、制作に励んだ。この時期の鉄五郎の画風には大きな変化が生じた。画面が極端といえるほど暗く、色彩感に乏しいのである。それまでの鉄五郎の絵が、マチスばりの色彩感にあふれていたことを思うと、劇的な変化と言ってよかった。
この時期にはまた、静物画を多く手掛けた。「手袋のある静物」は、1915年に土澤で描かれたものである。一見してわかるように画面は非常に暗い。暗いうえに、同じような色調で描かれているために、画面に変化とか躍動感が感じられない。輪郭もぼやけて見える。どう評価するかは、見る人の主観にもよろうが、この絵に関する限り、傑作とはいえない。
技法的には、ブラック流のキュビズムの影響を指摘できる。ブラックほどあからさまではないが、対象を写実的にではなく、抽象的な立体に解消させようとする意図を感じることができよう。
画面の手前に一組の手袋を置いていることろから「手袋のある静物」と呼ばれるが、手袋はたいしたアクセントになっていない。
(1915年 カンバスに油彩 45.4×60.7㎝)
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