メルロ=ポンティの弁証法:「行動の構造」を読む

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メルロ=ポンティは弁証法という言葉を二義的な意味で使っている。一つはヘーゲル由来の使い方、もう一つはゲシュタルトと相似的なものとしての使い方である。ヘーゲルの弁証法は、全体と部分との関係について説明したものだ。人間の知覚というものは、対象の全体を一時にとらえることはできない。一時に知覚に与えられるのは、対象の一面である。例えば家について、人間は、例えばその前面を見て、それで家を見たつもりになる。しかし家には側面もあるし、背面もあれば屋根もある。それらすべてが集まって家の全体像が作られる。人間の知覚というものはしかし、一時的には対象の一面しかとらえられないから、家の全体像を把握するためには、時間をかけて、家の様々な側面を見なければならない。そのうえで、それぞれの一面的な様相を、全体としての家のあらわれであるとして位置づける。その作用をヘーゲルは弁証法といった。弁証法は、ふつう、措定・反措定(否定)・総合(否定の否定)というプロセスで表されるが、措定とは、上の家の例でいえば、まず家の前面を見ることであり、反措定とは、家は全面だけではなくそれ以外の面、例えば背後もあるとすることであり、総合とは個々の家の現れを全体としての家に結びつけて認識することである。

メルロ=ポンティもまた、人間の知覚が、まずは対象の一面しかとらえることができず、全面的に捉えるためには、それら個々の知覚を一つの全体像に結びつけねばならないと考えた。そこまではヘーゲルの弁証法と異ならないのであるが、部分と全体との関係についての考え方に、メルロ=ポンティの独自性を認めることができる。ヘーゲルの全体は、対象の個々の現れを、個人の意識の中で統合したものである。個別も全体も、その認識は個人の意識によって基礎づけられている。ところがメルロ=ポンティは、全体とは、個人の意識のなかに閉じこもった概念ではなく、間主観的な場に根差した概念だとした。我々の認識は、対象の個別の現れを全体像に結びつけるのであるが、その全体像は、具体的な対象としてではなく、抽象的な概念としてあらわれる。先の家の例でいえば、われわれが家の個別的な現れを全体としての家に結びつけるとき、その全体としての家は、抽象的な概念として性格をもっている。その抽象的な概念を我々は「家」という言葉で表す。我々が使っている様々な言葉は、おしなべて抽象的な概念を表しているのである。しかしてその概念は、間主観的なものとして、すなわち社会的なものとして成立したものだ。

部分と全体との関係は、知覚的経験の二面性を表すとメルロ=ポンティはいう。我々の知覚がつねに個人的な出来事としてあらわれるのは、それが「知覚の生きられるパースペクティブ性に<根源的偶然性>がつきまとうことによって説明される。が、他方、私の知覚が物そのものに到達しているということも確かである。というのは、それらのパースペクティヴは<間個人的意味>への接近が可能になるようなぐあいに分節されているから、つまり、それらは<一つの世界>を『表現』しているのである」(「行動の構造」滝浦静雄、木田元訳)

一次的な知覚(感覚)と概念との関係をカントは、現象と理性に対応させて考え、理性の働きをアプリオリなものとして、つまり人間に生得的に備わった能力としてとらえたわけだが、メルロ=ポンティは、それを、「間主観的」に形成された社会的な起源をもつものとして捉えた。人間の認識能力は、生得的なものよりも、社会関係のなかで形成される部分のほうがより大きな意義を持つとメルロ=ポンティは考えるわけである。それは、かれもまたサルトルと並んで「意識」に徹底的にこだわった人であって、無意識とか自然の衝動とかいったものを信用しない態度を貫いたことを物語っているようである。その社会的な起源についてメルロ=ポンティは次のようにいっている。「私は或る<共存>の中に、つまり私だけで構成するのではなく、またちょうど知覚的経験が物理的自然の経験を基礎づけるように、社会的自然という現象の基礎となるような<共存>の中に、引き込まれているのである」

弁証法をゲシュタルトと相似的なものとすることについては、経験についてのメルロ=ポンティのユニークな考えが働いている。ゲシュタルトとは、神経生理学の当時の新説であって、対象の認識を地と図の関係にたとえたものである。我々がものを見るとき、ただ漠然と全体を眺めているのではなく、全体の中から特定のものを切り取ってそれに注意を集中する。その注意を集中しているものが、あたかも地から図が浮かび上がってくるように見えるので、それをゲシュタルトとよんだわけである。このゲシュタルトにメルロ=ポンティは、人間の認識が受け身のものではなく、そもそも世界に対する志向的な態度を読み取ったのであった。人間はただ漫然と生きているわけではなく、自分の志向的なまなざしを世界に向け、自分の行動を、単に刺激に対する反応といった具合に受動的にではく、世界への積極的なかかわりとして生きている。その場合、人間は志向的な働きの担い手ということになるが、その場合の志向性は、フッサールにおけるような精神的なものにとどまるだけではなく、身体と一体となった精神としてとらえられる。身体と一体となった精神、いわば身体としての精神が、世界との間で、志向性に裏付けられた関係を築くのである。

志向性の担い手としての個人と世界との関係は、一方通行のようなものではなく、相互依存的であり、還流的である。それをメルロ=ポンティは弁証法と呼んだわけである。弁証法という言葉は、中期のサルトルもよく使ったが、サルトルの場合には、歴史の原動力というような意味を持たされていた。それに対してメルロ=ポンティの弁証法は、あくまで個人と世界との関係にこだわるのである。





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