エリザベスの洗礼式典:シェイクスピアの歴史劇「ヘンリー八世」

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シェイクスピアの歴史劇「ヘンリー八世」は、アン・ブリンの産んだ子エリザベスの洗礼式典の場面で終わる。その式典を主催するのは、カンタベリー大司教クランマーである。クランマーは、ウルジーにかわってヘンリー八世の腹心におさまり、一時は謀反のかどで訴追されそうになったが、王の信任があついためにその危機をのがれ、ブリンの子の代父となってエリザベスとなづけ、その洗礼式典を主催したのであった。

クランマーは非常に要領のいい男で、常にヘンリー八世の意向に沿って行動することで、王の絶大な信任を得た。王とアン・ブリンの結婚を有効に成立させたのち、王がほかの女に気を移すと、すかさずブリんを排除し、王と他の女との結婚をたびたび成立させた。要するに王の下半身を制御していたわけである。下半身でものを考える傾向が強い王としては、そんなクランマーに絶大な信頼を寄せるのは自然なことだったのである。

そのクランマーが、エリザベスの代父として、その洗礼式典を主宰し、主催者としての挨拶をする。その挨拶の文面が、後のエリザバス一世の統治をよく予見したものとなっている。それもそのはずで、シェイクスピアがこの劇を書いたのはエリザベス一世の死後十年たっており、処女王とよばれた彼女の統治の実績の評価は或る程度固まっていたのである。なにしろエリザベス一世の時代は、イギリスの国運が最大の上昇機運にあった時期であり、彼女はイギリスの栄光を象徴するような存在とみなされていたのである。

そんなわけだから、クランマーの挨拶は、エリザベスの来るべき栄光を予見する内容となっている。その調子は賛美に近く、イギリスの栄光を一身に体現する偉大な女王になるだろうとの預言に満ちている。

ここでは、そんなクランマーの言葉から、一部分を引用したい。まず、エリザベスが将来理想的な女王となるだろうとの預言である。エリザベスが生まれた時点では、ヘンリー八世には男子がいなかったから、女子の中では、キャサリンが生んだメアリーのほうが王位継承順位が高かった。にもかかわらずエリザベスが当然女王になるだろうとの預言は、歴史を後から解釈しなおしたものだ。

  この姫は~天よこの子をよみしたまえ~
  まだ揺りかごになかにいましますが
  すでにこの国にあまたの祝福をさずけておられます
  やがて機が熟せば~いま生きている人は
  目撃できないかもしれませんが~
  同時代のすべての王侯たち及び未来の王侯たちの
  模範となられ、シバの女王でさえも
  智慧と美徳の点で、この純粋な魂を持つ
  姫君には及ばないことでしょう
  このような力強い存在を形作る美質が
  更にはあらゆる美徳が、姫君に倍の力をもたらしましょう
  真実が姫君の乳母となり、聖なる思いが相談役になるでしょう
  This royal infant--heaven still move about her!--
  Though in her cradle, yet now promises
  Upon this land a thousand thousand blessings,
  Which time shall bring to ripeness: she shall be--
  But few now living can behold that goodness--
  A pattern to all princes living with her,
  And all that shall succeed: Saba was never
  More covetous of wisdom and fair virtue
  Than this pure soul shall be: all princely graces,
  That mould up such a mighty piece as this is,
  With all the virtues that attend the good,
  Shall still be doubled on her: truth shall nurse her,
Holy and heavenly thoughts still counsel her:

次に、エリザベスの築いた平和の世は、彼女一代で終わることなく、次の世代へと引き継がれるであろうと預言する。これは、上演当時のイギリス王ジェームズ一世が、エリザベスの正統の後継者であると明言しているところだ。

  この平和は彼女一代で終わることなく
  奇蹟の鳥であり、処女の不死鳥である
  彼女の灰の中から次の世代が生まれ
  彼女と同じような賛美を浴びることでしょう
  そのようにして姫は次の世代に祝福をさずけられ
  天が暗黒の雲の中から彼女を召されても
  姫は誉ある聖灰の中から星のように蘇り
  かつてのような偉大な名誉を示されるでしょう
  Nor shall this peace sleep with her: but as when
  The bird of wonder dies, the maiden phoenix,
  Her ashes new create another heir,
  As great in admiration as herself;
  So shall she leave her blessedness to one,
  When heaven shall call her from this cloud of darkness,
  Who from the sacred ashes of her honour
  Shall star-like rise, as great in fame as she was,

クランマーは演説の最後に、エリザベスが処女のままこの世を去るだろうと予言する。これは歴史的な事実なので、如何ともいえない。彼女は自分自身の子供は残さなかったからだ。

  姫君は、イギリスにとって幸運なことに
  長命であられ、多くの日々を過ごされるでしょう
  一日たりとも無益な日はないでしょう
  これ以上は言わない方がよいのですが
  彼女もまた死なねばなりません、それも処女のままで
  汚れ泣きユリのように死んでいくでしょう
  その死を全世界が悼むでしょう
  She shall be, to the happiness of England,
  An aged princess; many days shall see her,
  And yet no day without a deed to crown it.
  Would I had known no more! but she must die,
  She must, the saints must have her; yet a virgin,
  A most unspotted lily shall she pass
To the ground, and all the world shall mourn her.

なお、エリザベスは子は産まなかったが処女のままではなかった。彼女の男好きは歴史的な事実で、多くの愛人をもっていたのである。






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