ラース・フォン・トリアー「奇跡の海」 知恵遅れの女性の愛と信仰

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ラース・フォン・トリアーの1996年の映画「奇跡の海(Breaking the Waves)」は、知恵遅れの女性の愛と信仰を描いた作品。デンマーク映画ではあるが、スコットランドを舞台にして、英語をしゃべる人びとの物語である。北海で油田を掘る男が、小さな町に住む女性と結婚。その男は、事故で不能になったあとも、妻を性的快楽の手段として利用する。妻は、智慧が遅れていることもあり、夫のマインドコントロールを受けた上に、自滅するというような内容である。

八章からなる章立ての映画ではあるが、それぞれの章には連続性があり、全体として一つの物語になっている。ちなみに章ごとの内容を略記すれば次のとおり。1は「ベスの結婚」。主人公のベス(エミリー・ワトソン)が石油堀りの男ヤン(ステラン・スカルスガルド)と結婚する。両親はじめ家族は反対する。理由は、彼女の知恵遅れを男が利用するのではないかという不安である。2は「ヤンとの生活」。幸福な生活は長続きしない。夫が石油堀に出かけて不在になるのだ。3は「独りの生活」。ベスは一人で取り残されて寂しい暮らしをする。夫の帰りを祈るだけだが、その夫が事故で重傷を負う。4は「ヤンの病気」。ヤンは重症のために性的不能になる。だが性欲は失っていない。妻に向かって他の男とセックスし、その様子を聞かせろと迫る。

5は「疑惑」。ベスは夫の命令を拒めず、セックスの実行にとりかかる。しかし羞恥心のためにうまくいかない。若い主治医を誘惑するも、丁重に拒まれてしまう。夫が急き立てるので、バスの中で見知らぬ男に性的仕草をしかけ、その様子を夫に聞かせると楽しそうな表情をする。6は「信仰」。自分の行為にためらいはあるものの、その行為は愛の行為であり、愛だけが夫を癒すと信じているベスは次々と色々な男とセックスする。それは彼女にとって信仰と矛盾しないのだ。彼女は信仰深い女で、自分の犯した罪をいつも神に懺悔しているのである。7は「ベスの犠牲」。ヤンを助けるためには、自分の体が壊れてもよいと思ったベスは、凶暴な男たちに身をゆだね、あげくに重傷を負う。しかもその傷がもとで死んでしまうのだ。8は「葬儀」。死んだベスは墓地への埋葬は許されたものの、葬儀は許されなかった。彼女は不潔な売春婦として教会から追放されたからだ。そこで体力の回復したヤンが、仲間とともにベスの遺体を水葬にふす。ベスを性的に搾取したヤンではあるが、最後には人間らしい面をのぞかせた、というわけである。

こういうタイプの映画は、日本では作られないのではないか。知恵遅れの女を描いた作品はある。新藤兼人の「どぶ」がそれだ。「どぶ」の中の、乙羽信子演じる知恵遅れの女も、性的に搾取されるのであるが、信仰とは無縁である。






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