双子の兄妹:大江健三郎「同時代ゲーム」

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五人の同胞のうちの双子の兄妹の片割れである僕が、村=国家=小宇宙の神話と歴史をもう一人の片割れである妹に向って語ることになったことには、相応の理由がある。僕がその語りかけをする気になった時点では、五人のうちの他の同胞はみな死んでしまい、父=神主に対してはわだかまりがあったという事情もあるが、それ以上に、この双子は特別の絆によって結ばれていたということがあった。この双子に特別の目をかけた父=神主は、男の子であるぼくを村=国家=小宇宙の神話と歴史の語り手として特別にスパルタ教育を施してきたのだし、女の子は村=国家=小宇宙の英雄である壊す人の巫女として育てて来たのだ。それ故この双子は、村=国家=小宇宙のある種の再興を期待された特別の存在だったわけだ。そんな双子の片割れである僕が、もうひとりの片割れである妹に向って、村=国家=小宇宙の神話と歴史を語りたいと思うのには、相応の理由がある。いったい他の誰に向かって語りかけたらよいのか。

父=神主によって村=国家=小宇宙の語り手として育てられた僕は、その使命をすんなりと受け入れたわけではなかった。それどころか僕は、父の期待に背いて、村=国家=小宇宙の神話と歴史を一生語らないつもりでいたのだ。それが一転して語る気になったのは、双子の片割れである妹から、彼女の恥毛のカラースライドを贈られたことに励まされたからだった。彼女は、双子の兄が自分に寄せる性的な感情をよく知っていて、自分の恥毛を送ってくれたのだが、それはおそらく、今や壊す人の本物の巫女となった彼女が、その壊す人が創建した村=国家=小宇宙の神話と歴史を語る時期はいまだというメッセージを兄に送ったにちがいないのである。兄はそのメッセージに応えて、村=国家=小宇宙の神話と歴史を、ほかならぬ壊す人の巫女となった妹に向けて、六通の手紙という形で、語り掛けることにしたのである。

その語りかけの手紙の中で僕は、他の同胞たちと並んで双子の妹についても触れている。そこには、双子の妹であり、かつ村=国家=小宇宙の再興にとって特別の役割を期待されている同志としての特別の思い入れが込められているのだが、また同時に、双子の妹に対する僕の性的な感情も含まれている。僕は、一度この双子の妹を強姦しようとしたことがあった。それは村=国家=小宇宙の再興についての父親の期待に冷や水を浴びせるのが目的だったと僕は弁明しているが、実際には、双子の妹に対する僕の性的な感情の現れだったと、行間からは伝わってくるのである。双子の妹は、双子の兄のそういう性的な感情を十分わかっていたからこそ、自分の恥毛のカラースライドを送ったのであろう。そうすることで彼女は、兄に向って村=国家=小宇宙の神話と歴史を語って欲しいと呼びかけたに違いないのだ。

双子の兄の性的対象になるということは、彼女の中にも兄のそうした感情を呼び起こすようなところがあったからである。実際彼女は、幼い頃から性的な魅力にあふれていて、村の若者たちのあこがれの的だった。村の若者は、彼女がバター色の丸い臀部をむき出しにして排泄する光景を眺めながら、マスターベーションに耽ったくらいであった。その輪の中には僕もあったのだ。そんな若者たちを見て、双子の妹は怒るどころか、屈託ない態度でアハハハハと笑うのである。

彼女は後に見境なく若者を家に入れ、セックスの相手をするようになった。ありていにいえば、彼女の家は、それは僕にとっても育った家であるわけだが、性的サロンと化して毎日男たちで賑わった。弟のツユトメサンはそんな光景を苦々しく思ったのだろう、床をピカピカに磨きたてて、男たちがすべりころぶように仕組んだほどである。

彼女は成長すると地方都市でストリップのようなことをし、また銀座のクラブで性的サービスをするようにもなった。その折に、アメリカのさる有力な政治家が銀座のクラブにやってきたことがあった。その政治家は、ペプシコーラの顧問弁護士をつとめ、後に大統領にもなったと言及されているから、ニクソンのことをあてこすっているわけである。そのニクソンが大統領の就任祝いに、かつて自分を喜ばせてくれた双子の妹をパーティに呼んだ。双子の妹はそのパーティが終わったあとしばらく身を隠し、その後日本に戻って来る途中船の上から入水自殺したと告げられた。自殺の理由は、癌だということだった。しかし真相は別だった。ニクソンが彼女を招き寄せたのは、かつて彼女と行った乱痴気パーティが表沙汰になるとスキャンダルになりかねないので、口封じを目的に呼び寄せたということだった。セックススキャンダルをもみ消すためにクチ封じをするという話は、今のアメリカ大統領トランプにもつきまとっているが、ニクソンにもそういう噂があったのだろうか。

彼女は彼女で、ニクソンに会う特別の理由があった。かつての乱痴気パーティ仲間であり、今やアメリカ大統領になったニクソンの力を借りて、自分の故郷である村=国家=小宇宙が日本国の支配から独立して自由な共同体になるようにしたい。その願いをニクソンに向って打ち明けたい、というのが彼女の本当の目的だったというのだ。そうとすれば、五人の同胞のうち双子の妹である彼女こそが、村=国家=小宇宙の再興を最も真剣に考えていたということになる。彼女は、壊す人の巫女としての自覚から、それを真剣に考えたのであろう。

双子の妹はその後、彼女の兄でありかつ語り手である僕の言葉によれば、死からよみがえるように再び現れたのであるが、その彼女は父=神主とともに神社で暮らす傍ら、壊す人の干からびた遺骸を穴の中から引っ張り出し、それに生命を与えたという。そうすることで彼女は、壊す人の巫女としての自分の使命に応えたわけである。その彼女が、兄から受けた経済的な援助へのお礼の形で、自分の恥毛のカラースライドを送ってくれた。双子の兄はそのカラースライドに励まされながら、村=国家=共同体の神話と歴史を、ほかならぬ双子の妹に向かって、六通の手紙という形で語ったのである。

しかし最後の手紙を書いた時には、彼女の行方は分からなくなっていた。父=神主が死んだので、そのまま神社に居続けることがかなわなくなってしまったのだ。僕は彼女がどこにいるのか見当がつかなかったが、それでも彼女宛の手紙を書き続ける。最後の手紙の中では、自分が少年時代に体験した不思議な事柄が語られる。それについてはまた別稿で書こうと思う。







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