三粋人経世問答:2019年参院選を語る

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無覚先生:今回の参院選は与党が勝つだろうというのが大方の予想で、どこまで勝ち進むかが焦点だったと思いますが、結局は、いわゆる改憲勢力が三分の二に届かなかった。これをどう見るかというのが、今回の選挙結果についての評価のポイントになるのではないか。三分の二を失ったことを以て、安倍政権に厳しい審判が下されたと見るのか、それとも与党で過半数を上回ったことを以て安倍政権は健闘したと見るのか。

俄然坊居士:私は安倍政権が健闘したと思っていますよ。というのも、今回の選挙には大した争点がなかった。そんな中で安倍政権は憲法改正を最大の争点として掲げて、選挙を戦った。ところが改憲はまだ国民にとっては切羽詰まった課題とは意識されていないので、改憲を判断の基準にして投票した人の割合は非常に低いのではないか。そんな中で国民が何を基準に投票したかといえば、やはり安倍政権への漠然とした信認ということではなかったか。その漠然とした信認に安倍政権は応えたということでしょう。今回は改憲問題が表に出て来ただけに、改憲勢力が三分の二を維持するかにマスコミの関心が集まったが、改憲問題を除けば、安倍政権与党は健闘したということじゃないですかね。

静女史:今回の投票率は五割を割ったそうですね。これは参院選では二番目に低い投票率ということですが、国民の半分以上が選挙に無関心ということは、嘆かわしいことだと思います。なぜこうなってしまうのか、わたしにはわからないのですが、こういう状態の下では、与党が改選議席の過半数を取ったと言っても、国民から積極的な支持を受けたとは言えないのではないでしょうか。

俄然坊居士:しかし議席の過半数を取ったという事実にかわりはない。だから一応政権与党が国民の信認を受けたということになる。これからも安倍政権は自信をもって政治にあたっていくと思いますよ。

静女史:でも、参議院で三分の二を割ったわけですから、憲法改正に向ってごり押しすることは無理なんじゃないでしょうか。俄然坊さんは、前回の総選挙をめぐるこの会の席上、安倍さんは両院で三分の二を取ったのだから、憲法改正に向って真剣に取り組むだろうとおっしゃってましたけど、結局は進まなかった。それは国民の間に改憲のムードが高まっていないことを安倍さん自身知っていたからでしょう。改憲は国民投票で決まることになっていますから、いくら安倍さんが数の力をたのんで、改憲の発議を強行しても、それが国民投票で支持されるかわからない。むしろ、下手をすれば、否決される可能性が高い。だから無理押しできなかったのではないでしょうか。その事情はいまも基本的には変わっていないと思います。

無覚先生:今回安倍与党が過半数を取ったのは、一つには野党が力不足だったということもある。もう一つは、投票率の低さでしょう。投票率が低くなればなるほど、組織政党としての自民党や公明党に有利になりますからね。投票率が低くなった理由として、西日本で大雨が続いたということもあるでしょうが、やはり政治的な課題がさしせまって浮かび上がらなかったということもある。政治的な課題が国民にとって差し迫って意識されれば、政治への関心も高まり、それが投票行動に結びつく。今回の場合は、そうした政治課題が曖昧だったために、国民の選挙への関心が高まらなかったのではないか。

静女史:でも、消費増税とか老後の生活問題とか、険悪な日韓関係とか、国民にとって切実な課題はあったと思うのです。

俄然坊居士:しかしそういう問題では、国民の政治意識はなかなか高まらない。老後の問題といっても、多くの国民にとっては、目の前に差し迫っているわけでもなく、外交問題はそもそも選挙の争点にはなりにくい。選挙の争点としてもっとも国民が関心を掻き立てられるのは、やはりスキャンダルですよ。あとは、政権与党の驕りでしょうな。スキャンダルで政権が吹き飛んだ例はこと欠かない。安倍さん自身その苦い体験がある。民主党が没落したのは驕りがあったからです。いまの安倍政権を見ていると、スキャンダルについては、なんだかんだといってしのいでいるし、傲慢だと言われながらも、国民を怒らせるほどのことでもない。つまり致命的な弱点がないのですよ。

静女史:致命的な弱点がなくても、政権運営に落ち度があれば、政権を失うものですわ。それが失わないで済んでいるのは、政権批判の受け皿がないということもあるのではないでしょうか。そういう点では、野党がだらしないと思います。今回は一人区のすべてで野党統一候補の擁立に成功して、政権与党と一対一の闘いといった構図が出来ましたけど、その結果は、与党の議席を減らせることにはなったけど、期待されたほどのことではなかった。そこはやはり、野党が日頃バラバラなのを、国民に見透かされているからでしょう。

俄然坊居士:民主党が分裂したことの後遺症がまだ続いているのでしょう。このまま分裂した状態が続けば、野党が政権を狙える日は来ないだろうと思います。私は民主党が敗れた時に、復活するには七・八年かかるだろうと見ましたが、それは民主党が分裂しないで存続したとしての話。今のように分裂していたのでは、二度と政権を取れないでしょう。それこそ天地を揺るがすような事態でも起こらない限りは。

無覚先生:政党別の得票率がまだ確定しないようですが、夕刊の速報を読む限りでは、比例区の自民党票は35パーセント程度です。これを絶対投票率になおしてみると、自民党の獲得した投票率は16-7パーセントにとどまるでしょう。ということは、今回も自民党は相対優位を以て絶対優位を勝ち取ったということになり、選挙制度の問題にあらためて焦点があたる形になりますね。もっとも最近は、選挙制度をめぐる議論は流行らないのだが。

俄然坊居士:絶対優位とはいっても、自民党単独では過半数にならなかった。自民党の当選者数は57人で、これは全体で124ある改選議席の半数を下回りますし、自民党自身の改選議席を10下回っている。前回が出来すぎということもありますが、結構議席を減らしているのです。

静女史:安倍政権が一強多弱などといわれて圧倒的な優位を誇っていられるのは、やはり公明党の協力の賜物なのでしょう。自民党と公明党を併せて一強というわけですから。だから安倍さんも公明党には遠慮しなければならないのでしょう。その公明党が改憲には慎重ですから、安倍さんはまず公明党を口説くのが一番の仕事になるでしょうね。

無覚先生:外交については、今回はほとんど問題にならなかったですね。実際には日韓関係の悪化ですとか、ホルムズ海峡をめぐる有志連合のこととか、北方領土問題についての安部政権の方針変更だとか、かなり重要な外交課題はあるのですが、選挙の争点としては浮かび上がらなかった。

静女史:そのほうが安倍さんにとっては都合がよかったと思いますわ。安倍さんは、外交がお好きなようですけど、何一つ思い通りに運んでいないというのが事実ですから、外交のことについてあまり問題化されると都合が悪くなると思います。一番ひどいのは、北方領土問題です。これについては、歴代の政権がとってきた方針をひっくり返して、歯舞・色丹だけの返還というふうに方針を切り替えました。これは日本外交の根本方針だったものを、自分の一存で変えたわけですから、その理由を国民に説明すべきにかかわらず、今のところ何も説明していません。それに加えて、歯舞・色丹の返還でさえ、ロシアは難色を示しているといった具合です。日本にとっては、かなり重大なことになっていると思うのですが、なぜか問題として浮かび上がってこない。そこが不思議です。

俄然坊居士:静さんにしては、かなり厳しい見方をなされてますな。小生も、北方領土問題をめぐる安倍政権の腰砕けぶりには愛想をつかしております。某外務大臣などは、ラブロフから言いたい放題のことを言われて、なにひとつ反論できないでいるようです。ロシアには言われっぱなしなくせに、一方韓国に対しては、妙に威張りくさった態度を見せている。いまどき交渉の相手側の外交官に向って「無礼者」などと喚きたてるのは、文明人として見苦しい。そんな元気があるなら、ラブロフをやり込めるくらいの気概を持ってもらいたい。そう思いますよ。

無覚先生:ともあれ、安倍さんはタイミングの良い時に参院選を実施出来て、あまり逆風を受けることなく、どうにか乗り切ったというのが実情ではないでしょうか。その背景には、政治に対する国民の冷めた見方というか、あきらめのような気持ちが働いているのかもしれない。いずれにしても国政選挙の投票率が半分に満たないというのは、健全な民主主義にとって、憂うべきことと言わなければならないでしょう。では、今日はこの辺でお開きとしますか。壺齋さんもご苦労様でした。

壺齋散人:なかなか面白い議論でした。






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