シュンペーターの資本主義文明論

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シュンペーターは、資本主義はそれ固有の政治的・社会的・精神的文化を生み出すと言う。それをシュンペーターは「資本主義の文明」と呼んでいる。資本主義とは、シュンペーターにとっても、基本的には経済システムである。その経済システムが基盤となって、それに対応する文明が生まれるという構図だ。それをシュンペーターは次のように説明する。「近代文明のいっさいの特徴と業績も、これすべて直接間接に資本主義過程の産物である」

これをマルクスなら下部構造としての経済システム(生産様式)が、上部構造としての政治的・社会的、精神的文化を規定する、というふうに表現するところだろう。シュンペーターがそうは言わないのは、下部構造と上部構造との間に一方通行的な関係を認めないからだ。たしかに資本主義的な経済システムが基礎になって、資本主義的文明が生み出されるのだが、その関係は一方的なものではない。資本主義的な文明は、資本主義経済によって規定されると同時に、資本主義経済に働きかけて、それを変化させる動力ともなる。両者は相互作用的な関係にあるというのがシュンペーターの考えだ。

資本主義的な文明を特徴付けるものを、シュンペーターは合理性だと言っている。資本主義的な経済関係は、合理的な精神によって運営される。資本主義を動かしているのは、計算とか契約であるが、そうしたものは合理性の精神によって動かされる。前資本主義社会で有力だった呪術とか英雄主義とかいったものはほとんど入り込む余地がない。資本主義的な社会関係は徹底して合理的なのである。まず経済システムが合理的であって、その合理性がさまざまな文化事象をも支配する。その関係をシュンペーターは、「経済的様式は論理の母型である」と表現している。

そこで、そうした資本主義的な文明の特徴が、政治的・社会的・精神的文化の領域でどのような形をとって現われるか、それをシュンペーターは簡潔に説明していく。

まず、政治の領域。資本主義における政治の基本的なあり方は民主主義だとシュンペーターはいう。これは偶然そうなったものではなく、必然的にそうなるのだとシュンペーターは考える。資本主義的な経済システムは、必然的に民主主義的な政治スタイルを呼び寄せるというのである。なぜなら資本主義とは、市場における商品のやりとりを基礎としており、そのやり取りにおいては、すべてのプレーヤーは平等でなければならない。その平等への要請が、政治における民主主義をもたらすのである。こうした考えは、おそらくシュンペーターが経済学者として、一般均衡論者であることと関連しているのだと思う。一般均衡論は、完全競争を前提にしているが、完全競争というのは、すべての競争参加者が平等の資格で参加することを前提にしているものなのだ。

社会的領域においては(これは政治的領域とも関連するが)、資本主義は徹底した平和主義をもたらすとシュンペーターはいう。マルクス主義者は、帝国主義を資本主義の高度な段階と定義づけたうえで、その侵略的・好戦的性格を云々するが、それは間違っているとシュンペーターは主張する。どこが間違っているのか、シュンペーターは明示的に説明していないが、おそらく人間の平等な立場での共存を前提とするような社会システムは、平和を前提にするはずだとの思い込みがあるのであろう。マルクス主義者はまた、窮乏化理論を持ち出して、資本主義の進行は労働者大衆の貧困化とか窮乏化をもたらすと主張するが、それも間違っているとシュンペーターは言う。それとは逆に、労働者大衆の生活水準が向上してきたことは、歴史的な事実だと言うのである。

精神的領域においては、資本主義は個人の自由を尊重する文化を生み出す、とシュンペーターは言う。徹底した個人主義と自由主義とが資本主義的精神文化の最大の特徴だというわけである。この個人主義が民主主義と結びついて、個人主義的民主主義がはぐくまれる。これは自由主義的民主主義にも通じる。シュンペーターの基本的な立場は、自由主義的民主主義こそが、人類社会の理想的なあり方だとする点にあるようだ。

以上、シュンペーターが言うところの「資本主義の文明」とは、歴史的な段階としての資本主義と深く結びついたものであるが、それはまた、人類が到達した最高のシステムだとも考えられている。したがってそれは、資本主義以後の段階にあって廃棄されるべきものではなく、かえって保存され、発展されるべきものだとシュンペーターは考える。シュンペーターは、資本主義はその内在的な傾向によって必然的に社会主義に移行すると考えるのであるが、その移行にあたっては、資本主義の利点が最大限生かされねばならない、と考えるわけである。

そう考えるからこそ、シュンペーターはマルクスと決別するのであろう。マルクスは、資本主義から社会主義への移行を暴力的なイメージで考えた。暴力には破壊がつきものだから、その破壊のなかで資本主義のいいところがなくなってしまう可能性が高い。それは人類のそれまでの努力を水泡に帰するようなものだ。だから、資本主義から社会主義への移行は平和的に行われねばならず、そのさいに、資本主義の利点は、人類が獲得した遺産として、最大限生かされる必要がある、とシュンペーターは考えるようなのである。





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