ロシア軍が攻撃的戦争に弱い理由

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今般のウクライナ戦争では、当初ロシア軍の圧倒的優勢が伝えられ、その勝利は揺るぎないものと思われていた。しかし戦争が始まってすでに三か月たったいま、ロシア軍は圧倒的な勝利を収めるどころか、各地で苦戦を強いられ、一部では劣勢が伝えられている。中には、ロシアの敗北を予想するものまでいる。これは大方の予想に反した意外な事態と受け止められているが、小生はありうることだと思っていた。その理由は、ロシア軍が攻撃的な戦争を得意としていないことにある。二つの面で、ロシア軍は攻撃的な戦争には向いていないのだ。一つはロシア人の国民性に根差している。もう一つはロシア軍の伝統的な作戦思想に根差している。

まず、ロシア人の国民性であるが、これは、エマニュエル・トッドの説が参考になる。トッドは家族関係をもとにして各民族の社会関係の特徴を説明するのであるが、それによると、ドイツや日本など、権威主義的で反平等的な社会関係が優位な民族は、父親の権威が強く、長子相続性をとっているのが特徴的である。それに対してロシアやフランスは、反権威主義的で平等な社会関係が優位であるが、それは平等な家族関係が土台となっている。その説を適用すると、ロシア人がなぜ攻撃的な戦争に向いていないかが、整合的に説明できる。ロシア人は反権威主義的で個人主義的な傾向が強いので、それに比例して組織の一貫性を保つのがむつかしい。それに対して、ドイツや日本は権威主義的で全体と一体化する傾向が強いので、一糸乱れぬ行動が要求される戦争、とくに攻撃的な戦争に向いている。

今回のロシア軍の戦いぶりを見ていると、上述の事態がよく反映されているのがわかる。ロシア軍は一体性に欠け、テンデンバラバラに行動している様子が指摘されるし、兵士の規律も緩みがちで、将軍自ら戦線の最前線に立って直接指揮命令しないと動かない事態も指摘されている。ロシア軍の高級将官が多数戦死したことの背景には、将軍自ら前線に立たなければ、軍隊が動かないという事情があったのだと思われる。

こう言うと、アメリカなどは、色々な人種の寄せ集めなのに戦争に強いではないかとの反論もあると思うが、アメリカの場合は、数で相手を圧倒するという方法で、戦力の維持を保ってきた。アメリカ軍は伝統的に、相手に比較して三倍以上の戦力を用意できなければ戦わないという思想がある。日本軍が米軍に敗北したのは、戦力の差が圧倒的に大きかったためで、同じ戦力で戦った場合には、勝つことが多かったのである。

以上はロシア人の国民性が、今回の戦争を思うように勝利できないことの、主要な理由になっていることを説明したものだ。ついで、ロシア軍の伝統的な作戦思想が、今回の戦争をうまく進めていないことの理由になっていることを示そう。ロシア軍の伝統的な作戦思想を、ロシア史に詳しい大木毅は、文字通り「作戦」と命名している(大木毅「独ソ戦」岩波新書)。それによれば、ロシア軍は、部隊を一点に集中させるのではなく、いくつかの戦線に分散させ、戦線相互を有機的に結びつけることで、敵を圧倒するという戦略をとってきたという。このように言われると、合理的な作戦のように聞こえるが、よくよく検証してみると、それは攻撃に適した作戦ではなく、防御に適した作戦であることがわかる。ロシア軍は、ナポレオン戦争とか独ソ戦を通じてこの作戦を磨いたのだと思うのだが、どちらも「祖国(防衛)戦争」と名付けているとおり、基本的には防衛を目的とした作戦だった。その作戦を今回も用いたことは、ロシア軍の戦力配置を見れば明らかである。今回ロシアは、最大の標的だったキエフ攻略に戦力を集中せずに、いくつかの戦線に分散配置した。これは作戦の常識に反したやり方であり、ロシア軍は攻撃の仕方を分かっていないなどと、西側の連中から嘲笑されたものだが、当のロシア軍にとっては、それ以外の作戦は立てようがなかったのだと思う。

こういう作戦上の伝統は、別の言葉では、癖といってよい。その癖が今回はロシア軍に禍して、格下の相手にてこずっている事態を招いているわけである。





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