深刻化する核カオス

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G7広島サミットは、被爆地の広島で行われたことで、核の廃絶に向けた重要なモメントとなることが期待された。しかしその成果といえる広島ビジョンを読むと、核の廃絶とは正反対の、核の抑止力を引き続き容認するような内容になっている。これに対して広島の被爆関係者をはじめ、多くの人々から批判が出ている。雑誌世界の最新号(2023年7月号)に寄せられた「G7首脳は広島で何を失ったか」(太田昌克)と題する論考は、そうした批判を代表するものだろう。

この論考は、「核不拡散条約」が、もはや核の不拡散という目的も果たせない無力なものになったことを確認しながら、「広島ビジョン」には、「致命的な後退と欠落がある」と指摘している。「後退」とは、昨年の「G20パリ首脳宣言」が「核兵器の使用またはその威嚇は許されない」と無条件で核使用を非としていたのに対して、かなり歯切れが悪いことをいう。核の抑止力を否定できないことがその理由だと推測しているのである。また「欠落」については、「核使用の役割低減」についての言及が一言もないことをいう。それは言い換えれば、G7の首脳が、核使用の役割を否定できないでいることの証拠だと言いたいのであろう。要するに今回の広島サミットは、核の問題については、従来よりも後退し、むしろ核抑止力へのコミットを強めたというわけである。

G7諸国は、核禁止条約へ加入しない言い訳として、核不拡散条約の有効性をあげていた。だが、核不拡散条約はそもそも、核所有国の既得権を前提として、その他の国へ核が拡散することを抑止することを目的とした不平等条約である。その不平等状態をかいくぐるように、イスラエル、インド、パキスタンがすでに核の保有国になっており、北朝鮮も事実上核を持つにいたっている。またイランも、アメリカへの意趣返しという理由で核の開発を加速させている。いまや核不拡散の精神は骨抜きになりつつあるのだ。

もっと悪いことには、核不拡散条約の最大の目玉である核保有国による非保有国への核使用あるいは威嚇の禁止という約束が、ロシアによるウクライナへの核威嚇によって、事実上反故にされていることだ。もともと、ソ連解体後のウクライナの核廃棄は、核不拡散条約によって安全を保障されることを条件としたものだった。その条件を明示したのがブダペスト覚書だった。ところが、ロシアのウクライナ侵略によって当該覚書は紙屑同然となった。核不拡散条約のほうも、紙屑同然になりつつある。

そういう状況に直面しながら、広島サミットは、核の抑止力にこだわるあまり、核不拡散条約の精神を死ぬがままにまかせた、というのがこの論考の主な主張点である。広島サミットは、核不拡散ではなく、核拡散への道にはずみをつけたというわけである。そうした状況を論者は、「深刻化する核カオス」と呼んでいる。日本の岸田首相も、核カオスを推進する一人となったわけである。





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