石井裕也「ぼくたちの家族」:家族の絆を再構築する

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石井裕也の2014年の映画「ぼくたちの家族」は、家族の絆をテーマにした作品だが、ちょっと不思議な雰囲気に満ちている。というのも、すでに壊れかけている絆が、なにかのきっかけでもっと激しく壊れそうになるところを、家族の成員の涙ぐましい努力でその絆が回復(再構築)されるという内容で、現実としては、なかなかむつかしいケースを描いているからだ。

東京近郊の新興住宅地帯に住む四人家族が主人公だ。夫婦と二人の息子。息子は二人とも家を出ており、初老の夫婦二人で暮らしている。妻(原田美枝子)の認知機能が著しく低下したことで、夫(長塚京三)が長男(妻夫木聡)とともに病院に連れていく。医師は、脳腫瘍が多数あり、かなり大きくなっているので、治療の施しようがないという。この一週間が山場ともいう。それをあと一週間の余命と受け取ったかれらは、愕然とする。そこで、次男(池松壮亮)を巻き込んで、どうしたらよいものか相談する。相談しても、なかなかよいアイデアは出てこない。

そんな状況におかれたら、家族は参ってしまうだろう。なにしろ、家族関係がバラバラになりかけていたとはいえ、妻であり母である女性が、余命一か月と診断されたら、ただうろたえるほかはない。しかも、その病院では、治療の見込みがないことを理由に、退院を迫ってくる。それについて、病院でほかの病院を紹介することはできないから、自分たちで探せという。ただし、紹介状だけは書いてやろうというのである。こんなことを言われたら、病人の家族は途方にくれるだけだろうが、これが日本の医療の現状だ、と強いメッセージが伝わってくる。

家族関係が崩壊しそうな理由の最大の原因は金の問題だ。当面の治療費の捻出もむつかしいのに、両親がそれぞれ多額の借金を抱えていた。母親はサラ金に三百万以上の借りがあるし、父親にいたってはなんと六千五百万の借金を抱えていた。この先、どうしたらよいのか。長男は父親の自己破産を考えているが、父親は懐疑的だ。長男にも借金の保証人という形で、かかわりを持たせており、自己破産すれば長男にも悪い影響が及ぶのを心配しているのだ。

この映画の中の父親は、何事にも自信がなく、息子たちを頼るばかりなのだが、その自信のなさは、借金をはじめ、自分の生き方に失敗してきたという意識からきている。一方、二人の息子は、父親よりは楽天的である。人間開き直れば何でもできると、かれらなりに楽観しているのだ。

余命の期限が迫る中、息子たちは手分けして病院を回る。すると弟のほうが、さる病院の初老の医師から同情され、母親の治療の可能性をつかむ。その初老の医師は、次男を自分の息子と重ね合わせ、他人事として放置しておけないと思ったのだ。要するに、個人的な感情が偶然事態を動かしたということだが、世の中には、こういうことがままあるものなのだ、と言わんばかりの演出である。

結局、母親の手術はなんとか効を奏し、彼女はとりあえず命をつなぐことができた。彼女が命をつないだことで、家族全体も壊れないですんだ、というような内容である。もっとも彼らの前途は決して明るいものではないのだが。

原田美枝子演じる初老の女が、なんともいえずチャーミングな雰囲気を漂わせている。この女性は、脳腫瘍のためにひどい認知機能障害に落ち込んでいているのだが、その結果むき出しにさらされる彼女の地の面が、人間としての純粋さを感じさせるのである。





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