桐野夏生の「日没」文庫化に寄せて

| コメント(0)
岩波の読書誌「図書」の最新号(2023年10月号)が、桐野夏生の小説「日没」についての文章を四本掲載している。この小説が岩波現代文庫に入れられることに伴う、キャンペーン企画のようだ。岩波はこの小説に大いに関心を示し、固いことで知られる雑誌「思想」でも特集したほどだった。この小説がディストピアしつつある今の日本社会の闇を象徴的な形で描いているというのが、岩波の受け止め方のようである。

じっさい四本ともこの小説をディストピア小説として受け止めている。小生もやはり、そのように受け止め、読後感を書いたことがあった。小生が思うには、この小説のテーマは、権力による個人への一方的な抑圧というのではなく、普通の国民がその抑圧を先導しているという点で、官民一体となった全体主義的同調圧力である。日本には、へんな同調圧力が昔から存在したものだが、近年はますますそれが強まっている。その同調圧力が正義の名のもとに強制されるところが、非常に恐ろしい。

じっさい、この小説の主人公である小説家のマッツ夢井は、一読者の投稿に基づいて逮捕されたということになっている。逮捕後の扱われ方は、普通のデストピア小説と異ならないが、その逮捕が普通の国民のイニシャティヴに発していることから、なんとなく民主的な装いをまとっており、主人公の死に方が自殺を装わされているところに、権力の巧緻を感じさせる。そういう点では非常に新しいタイプのディストピア小説といえるのではないか。

白井聡の文章に興味深い一節がある。「今日の全体主義は、カリスマ的独裁者など必要としない。必要なのは、大衆の平準化への欲求、この欲求から生ずる知識人への憎悪であり、大衆の欲求に忠実な権力だ。かの菅政権にしたところで、知識人に対する攻撃が『ウケる』と踏んだからこそ任命拒否に及んだのであり」云々。そうした状況を眺めると、民主主義と独裁(全体主義)は両立すると喝破したカール・シュミットを想起させられる。

(参考)桐野夏生の小説「日没」を読むhttps://japanese.hix05.com/Literature/Kirino/kirino13.nichibotsu.html






コメントする

アーカイブ