フレッド・ジンネマン「わが命つきるとも」:トマス・モアの殉教

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フレッド・ジンネマンの1966年の映画「わが命つきるとも(A MAN FOR ALL SEASONS)」は、「ユートピア」の作者として知られるトーマス・モアの殉教をテーマにした作品。モアは、ローマ・カトリックの忠実な信者として、国王ヘンリー八世の宗教上の改革に反対したため、国王の怒りをかってロンドン塔に幽閉され首をはねられた。それが殉教にあたるというので、1935年にカトリック教会によって殉教聖人に列せられた。この映画は、モアの国王側近たちとの戦いと、首をはねられるさまを描いている。

ヘンリー八世がローマと対立して宗教改革運動を進めたのは、信仰上の理由からではなく、結婚問題からだった。ヘンリー八世は皇后のキャサリンと離婚してアン・ブーリンと結婚したいと願ったが、ローマがそれを許さなかった。そこでヘンリー八世は強硬手段に出る。イギリスの国教会をローマ・カトリック教会から離脱させ、自立した教会としての体裁を整えたうえで、自分自身その主権者としての地位につき、カトリックの規律を無視して、念願であるアン・ブーリンとの結婚を実現したのである。そのアン・ブーリンはエリザベス一世の母親であり、ヘンリー八世は父親だった。シェイクスピアが「ヘンリー八世」を戯曲の題材にとりあげたことはよく知られている。シェイクスピアの戯曲は、宗教改革運動のほうに焦点を当てており、トーマス・モアについてはほとんど注意を払っていない。

トーマス・モアは法官であって、宗教者ではない。ヘンリー八世は法官つまり法律家としてのモアに、自分の結婚問題について有利な言動をしてほしかった。ところがモアは、法律問題としてよりも、宗教問題としてそれに向き合い、自分は宗教上の、つまりカトリック教徒としての信念からして、王の離婚と再婚を認めるわけにはいかないと主張するのである。そのへんのところが、イギリス的なものとはちょっと違うという印象を与える。イギリスでは、政経分離の原則がなんとか機能しており、宗教と世俗とは別の基準によるというのが建前だった。だから、モアのように宗教的な信念を世俗的な結婚問題に持ち込むのはアナクロニズムだとの批判もありえた。じっさい映画の中では、「イギリスはスペインとは違う」という言葉が何度か聞かれる。スペインは政教一致の国として見られていたのであろう。

ともあれ、モアは宗教上の信念に準じて死ぬということになっている。そのモアの仇敵を演じるのがクロムウェルだ。このクロムウェルは、のちにピューリタン革命の指導者となるオリバー・クロムウェルの先祖筋にあたるという。イギリスの国教会独立運動の立役者として知られており、後にヘンリー八世と対立して首をはねられたこともあり、評価する向きもあるのだが、この映画の中では、首尾一貫した悪党として描かれている。






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