イポリートと自由主義者たち ドストエフスキー「白痴」から

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小説「白痴」の中でドストエフスキーは、当時流行りつつあったロシアの自由主義思想を正面から批判している。おそらくドストエフスキーの本音だったと思われる。彼自身若いころにその自由主義思想にかぶれたのであったが、色々な事情があってそれを捨てて、ロシアの伝統を重視する保守主義者に転向した。かれは、この小説の中で、自由主義思想を攻撃する一方で、「白痴」のはずのムイシュキン公爵を一人前の思想家にしたてて、かれにも自由主義思想への攻撃とロシアの伝統を擁護する考えを滔々と述べさせているのである。そのムイシュキン公爵の演説は別に取り上げるとして、まず自由主義思想への攻撃について見ておこう。

自由主義思想の批判が前景化するのは小説の後半部分に入ってからである。第三篇の初めの部分で、リザヴェータ夫人が、三人の娘たち、とりわけ末娘のアグラーヤが二ヒリストになったのではないかと心配する。リザヴェータ夫人が二ヒリストというのは、既存の伝統的なロシア的価値を否定する連中であり、かれらのそうした態度を支えているのが自由主義思想なのである。だから、ここではとりあえず、自由主義思想はロシア的なものへの否定という形で表象される。

その自由主義の本質について、エヴゲーニイ・パーヴロヴィッチという端役が次のように定義している。「ロシアの自由主義は、現存する社会秩序に対する攻撃ではなく、ロシアそのものに対する攻撃であるということです。いや、単なる秩序、ロシアの社会秩序に対する攻撃ではなくて、ロシアそのものに対する攻撃なのです。わが自由主義者はロシアを否定するところまで、つまり、自分の母親を呪い鞭打つところまでいってしまったのです」(木村浩訳)。

もっともそのロシアの社会秩序とかロシアそのものの本質とかについては、ドストエフスキーは、無条件に賛美しているわけではない。かえって否定的なイメージを付与している。たとえば次のような調子である。ロシアでは、発明家とか天才と言われる人々は馬鹿としか思われない。まともな人間が理想とするのは官庁の高官とか将軍たちなのである。そういうポストなら、だれでも努力すればなれる。だから、「わが国の乳母たちのあいだでさえ、将軍の位はロシア人の幸福の頂点と考えられているのである。つまり、平穏で立派な幸福というものこそ、最も一般的な国民的理想なのである」。

ともあれ、ムイシュキン公爵の前に、ロシアの自由主義を代表するような面々が現れ、言いたい放題のことを言う。その主張は、自分の利益を無上のものとするもので、自分がいい目をするためには、他人に多少いやな思いをさせても許されるというものだ。結局、かれらはムイシュキンにたかろうとする悪党に騙されていたことがわかり、撃退される。この面々を代表するのがイポリートである。かれはまだ二十歳になるかならぬかの若造で、しかも結核患者であり、幾ばくの余命も残されていないのであるが、そのイポリートが、遺書(本人は「弁明」と読んでいる)という形で自分の思想を表明する。その遺書の中に、当時のロシアの自由主義思想の神髄が盛られているというわけである。

この遺書はかなり長いもので、自由主義思想とは関係のない個人的なことがらの方が大部分をしめるのであるが、ところどころ自由主義思想の、それもロシア的な自由主義思想の特徴がうかがわれるのである。内容的には大したことではない。余命いくばくもない人間には、他人を十人殺す権利があるとか、あるいはキリスト教を否定する主張などである。キリストについては、かれもまた、自分のように死を現実のものとして予感していたなら、安閑とはしていられなかっただろうといって、その信仰の崇高さに疑問をなげている。

キリストへの信仰に疑問をぶつけるシーンは次のように表現されている。「もし死というものがこんなにもおそろしく、また自然の法則がこんなにも強いものならば、どうしてそれに打ち勝つことができるだろう、という考えが浮かんでくるはずである。生きているうちには自然に打ち勝ち、それを屈服させ、『タリタ・クミ』と叫べば女は立ち上がり、『ラザロよ出よ』と叫べば死者が歩みだしたというキリストでさえ、ついには打ち勝つことのできなかった自然の法則にどうして打ち勝つことができようか」。これは奇蹟を否定し、キリストさえも自然法則に服するといっているわけで、当時の無神論の主張の一つの典型といってよい。

面白いのは、こんな幼稚な主張にかかわらず、アグラーヤが強い関心を示したことだ。彼女の意見は表立って言及されることはないのだが、イポリートの弁明に共感している様子から、彼女もまた、ロシア的ではあるが、ある種の自由主義思想に共感していたことがうかがわれるのである。





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