正法眼蔵随聞記第五の評釈

| コメント(0)
正法眼蔵随聞記第五は、これもやはり心身放下から始まる。「仏法の為には身命を惜むことなかれ。俗猶を道の為には身命をすて、親族をかへりみず忠を尽し節を守る。是を忠臣とも云ひ賢者とも云ふなり」というのである。道元がかくもくりかえし心身放下にこだわるのは、世俗の未練にほだされて仏道をないがしろにする修行者が絶えないという現実があるからだろう。だから、「只身心を倶に放下して、仏法の大海に廻向して、仏法の教に任せて、私曲を存ずることなかれ」と口うるさいほど繰り返すのである。

二は、吾我のために仏法を学するのではなく、仏法のために仏法を学すべきと説く。しかして「其の故実は我が身心を一物ものこさず放下して、仏法の大海に廻向すべきなり」というのである。故実とは、古くから伝わる作法というような意味である。仏教にもそうした故実があるというわけである。

三は、一の「私曲を存ずることなかれ」のバリエーション。私曲にこだわらず、また名を隠すべきだと説く。

四は、仁君には必ず忠臣あって直言するという例を引きながら、仏教者も、人を善導すべきだと説く。やや、通俗を感じさせる部分である。

五は、無智の有道心より知者の無道心のほうがまさると説く。その理由は、「無智の有道心は終に退すること多し。智慧ある人は無道心なれども終には道心を起すなり」である。とはいえ、「道心の有無を云はず、学道を勤むべきなり」と付け加えることを忘れない。

六は、俗人から施しを受けて喜ぶものではないと説く。俗人が施しをするのは、三宝(仏法僧)に供養するためであって、自分個人のためではないからである。

七は、人と諍論することを縛める。曰く、「古へに謂ゆる君子の力は牛に勝れり、然あれども牛とあらそはずと。今の学人、我が智慧才学人に勝れたりと存ずるとも、人と評論を好むことなかれ」。その故は、「学道勤労の志しあらば時光を惜て学道すべし。何の暇まありてか人と争論すべき。畢竟じて自他共に無益なり」である。

八は、父母の恩より仏道の修行が優先すると説く。「主君父母も我に悟りを与ふべからず。妻子眷属も我が苦みを救ふべからず。財宝も我が生死輪廻を截断すべからず。世人も我をたすくべきにあらず。非器なりと云て修せずんば何れの劫にか得道せんや。只須く万事を放下して一向に学道すべし」というのである。父母への恩愛よりもさとりを得ることのほうが大切だという説は、以前の部分にもあった。

九は、我執を捨てることの肝要さについて重ねて説いたもの。道元は、我執こそが仏道修行にとって最大のさわりだとして、それを捨てるべきと繰返し説いた。ここでも、「学道は須く吾我を離るべし。設ひ千経万論を学し得たりとも、我執を離れずんば終に魔境に落つべし」といって、そのことを強調するのである。しかして、「我を離るると云は、我が身心を仏法の大海に拠向して、苦しく愁ふるとも仏法に随て修行するなり」と付け加えることを忘れない。

十は、叢林勤学の行履について。叢林勤学とは、僧堂における修行のこと。その修行の具体的な行為とはどのようなものかと問うたうえで、それは只管打坐だというのである。

十一は、南泉の故事を引きながら、真の仏教者にとっては、金玉と瓦礫との間になんら価値の差別はないと説く。そういうことで世俗の価値観を超脱せよというのである。

十二は、師の明全の入宋をめぐる逸話。これは非常に有名な話で、父母や師匠への恩愛よりも修行が優先するとする道元の考えが最も劇的に現れたものである。

明全が入宋をこころざしたとき、師匠の明融阿闍梨が重病になった。明融は非常に心細くなり、弟子の明全に入宋を延期して自分の面倒を見てほしいと願った。そこで明全は弟子たちを集め、どうしたらよいかとはかった。道元を含めたすべての弟子達は、入宋は多少遅れてもできるが、師匠はいまにも死にそうである。それゆえ師匠の死を見とってから入宋するのがよろしいのではないかといった。それに対して明全は次のようにいって弟子たちを諭したというのである。「是れ即ち出離得道の為には一切無用なり。錯て我が求法の志しをさえしめられば、罪業の因縁とも成ぬべし。然あるに若し大宋求法の志しをとげて、一分の悟りをも開きたらば、一人有漏の迷情に背くとも、多人得道の因縁と成りぬべし。此の功徳もしすぐれば、すなはちこれ師の恩をも報じつべし。設ひ亦渡海の間に死して本意をとげずとも、求法の志しを以て死せば、生生の願つきるべからず。玄奘三蔵のあとを思ふべし。一人の為にうしなひやすき時を空く過さんこと、仏意に合なふべからず」。こういったうえで明全は、「利他の行も、自利の行も、たゞ劣なる方を捨てゝ勝なる方をとらば、大士の善行なるべし。老病を扶けんとて水菽の孝をいたすは、只今生暫時の妄愛迷情の喜びばかりなり。迷情の有為に背いて無為の道を学せんは、設ひ遺恨は蒙ることありとも、出世の勝縁と成べし。是を思へ是を思へ」。ここには道元の、ある意味酷薄な性格がうかがわれる。






コメントする

アーカイブ