カテリーナ・ニコラーエヴナとアンナ・アンドレーエヴナ 女の確執 ドストエフスキー「未成年」を読む

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小説「未成年」のメーン・プロットは、カテリーナ・ニコラーエヴナとアンナ・アンドレーエヴナという二人の女性の確執である。カテリーナ・ニコラーエヴナはソコーリスキー老侯爵の娘であり、アンナ・アンドレーエヴナはヴェルシーロフの娘であり、かつ老侯爵との結婚を願っている。それだけのことなら大した問題にはならないはずだが、そこに複雑な事情がからむ。カテリーナは、父の老侯爵がアンナと結婚することによって、遺産の大部分をアンナに相続させるのではないかと恐れる。実はそれ以前から、父親を信用せずに、財産の管理を自分がやるつもりでいた。そのために父親を禁治産者にするための相談をある人物としていたほどである。それにかかわる文書が、どういうわけかアルカージーの手に入る。その文書をめぐって小説は展開するのだ。

カテリーナはじつはヴェルシーロフとの間に深い因縁があった。ヴェルシーロフは彼女を愛していたのだ。その愛情は、すなおな形をとらず、倒錯的な形をとったのだが、彼女自身はヴェルシーロフに愛されていたことを認識しており、自分でも心のどこかで彼を愛していることを自覚している。小説のクライマックスに近い時点で、かれらは互いの愛を確認しあったほどだ。もっともその愛を貫くということにはならなかったが。

アンナは、母親の実家で育ったのだが、老侯爵にかわいがられており、老侯爵は彼女をセリョージャと結婚させ、巨額の持参金をもたせてやろうと考えていた。だが彼女はセリョージャとの結婚を拒否し、老侯爵と結婚したいという。それを老侯爵は受け入れる。二人は親子ほど年が違っているのだ。それがカテリーナには気に食わない。父親の老公爵がアンナと結婚したら、遺産の大部分はアンナに管理され、自分はつまはじきにされる恐れがある。そこで彼女は、いろいろと細工を弄した挙句、父親を郊外の別荘に軟禁してしまうのだ。

それに対してアンナのほうも策を弄する。カテリーナが父親を禁治産者にしたいという意向について相談した文書を手に入れ、それを種にして、老公爵と娘との間を引き裂こうとする手に出るのだ。その文書の存在はカテリーナも気にしていて、何とか処分したいと考えている。彼女がアルカージーに接触してきたのは、その文書をアルカージーが持っていると見当を付けたからだ。

このような設定のもとで、小説はクライマックスを迎えるのである。アンナは、老公爵を別荘から脱出させ、アルカージーの下宿先に連れてくる。なぜアルカージーの下宿なのか。彼女はアルカージーから例の文書を手に入れることができなかった。だが、アルカージーがそれを持っていることは確信していたので、かれに老公爵を合わせ、直接文書を示させようとしたのである。アルカージーも、老公爵を前にしては、公爵にとって致命的な意味を持つ文書を示さずにはいられないだろと踏んだからだ。
その策略にはランベルトもからんでいた。この小悪党は、アルカージーが有益な、つまり金になる文書をもっていることをかぎつけるや、アルカージーをだましてその文書を手に入れる。それは、カテリーナにもアンナにも高い金で買ってもらえるはずだ。もっともランベルトは要領の悪い男で、この文書を使ってうまい汁を吸ったというわけではない。

クライマックスは、老公爵とアンナのいるところにカテリーナが加わり、その三人がそろった時点でアルカージーが調整役を務めようとするところを描く。その場にヴェルシーロフとランベルトも加わり、愁嘆場が演じられる。アルカージーは、持っていると思い込んでいた文書が盗まれたこともあり、そのつもりでいた役割は果たせない。結局、老公爵自身が始末をつけるのである。老公爵は、この騒ぎが二人の娘つまりカテリーナとアンナの確執によるものだと見抜き、この二人を自分で仲直りさせる気になったのである。結局カテリーナが父親の面倒を見ることになり、アンナとの婚約は解消された、そのかわりにアンナにはいくばくかの遺産が贈られることになったが、アンナはそれを受け取る気になれないのである。

確執しあう二人の女のうち、不可解な行動が多いのはアンナのほうである。アンナはアルカージーの腹違いの姉であるが、姉弟愛のようなものは感じていない。アルカージーもアンナに対して素直にはなれない。だから彼女に文書を渡す気にはなれなかったのである。アルカージー自身は、その文書をカテリーナに渡すつもりでいた。もともと彼女の書いたものだからである。アルカージーがアンナに対して打ち解けないのは、アンナの兄から侮辱を受けたことも絡んでいる。アンナはその兄をアルカージーの篭絡のために差し向けたりするので、アルカージーはアンナについても心を許せないのだ。

一方、カテリーナに対しては、アルカージーは親密な気持ちを抱いている。というより彼女を愛してしまったのだ。それに気づいたタチアナ・パーヴロヴナが、お前たちは親子で同じ女に夢中になるのかと皮肉っている。

こうしてみると、アンナのほうは、意図が明確で、比較的単純に描かれている一方、カテリーナは複雑な陰影を感じさせる。その陰影は、ヴェルシーロフの存在と深いかかわりがある。彼女がビオリングと婚約したのは、平穏な生活を送りたいためだったが、ヴェルシーロフとの関係に決着がついて、もう余計なことに心を煩わされないと思ったところで、その婚約を解消している。この小説は、表向きはカテリーナとアンナとの女の確執であるが、深いところでは、カテリーナとヴェルシーロフの愛の確執がテーマなのである。






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