タクシー運転手 約束は海を越えて:光州事件を描く

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2017年の韓国映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」は、1980年5月に起きた光州事件をテーマにした作品。光州事件とは、朴正熙の暗殺、全斗煥による権力掌握、金大中逮捕と戒厳令施行などを背景に、韓国南部全羅南道の中心都市光州で起きた民主化運動を、全斗煥政権が武力によって弾圧した事件で、光州市民に多くの死傷者を出した。一説には、650人にのぼる死者・行方不明者を含め8000人近くの死傷者を出したといわれる。済州島事件と並んで、戦後の韓国史に汚点を残す権力による国民虐殺事件であった。

軍隊が国民に武器を向けるというのは、普通の文明国ではありえないことだが、韓国では当たり前のようにして起こる。それには、北朝鮮との対立というものがあり、また韓国内における地域対立というものもある。金大中は全羅南道の出身であり、かれが全斗煥政権によって逮捕されたことが、地域対立に火をつけたという面はあるようだ。いづれにしても、軍隊が国民を虐殺するという事態は、韓国の文明国としての資格を大きく損なうものだろう。ともあれ、この事件は、国民の政府不信に火をつけたといわれる。韓国はいまでも、政権が代るごとに、前政権の指導者が逮捕される事態が続いているが、それは国内の政治的分断を反映しているのであって、その分断は権力が自己抑制してこなかったことに根ざしている。

光州で大事件が勃発していることを察知した東京在住のドイツ人記者が、急遽韓国に飛んで、光州に赴き、現地の様子を把握しようとするさまを描いている。そのドイツ人記者を、ソウルのタクシー運転手が乗せる。この運転手はノンポリで、政府への批判意識など毛頭ないのだったが、光州におけるすさまじい弾圧を目の前にし、また自分自身命の危険に直面したりして、次第に批判意識に目覚めていく、というような内容である。かれは現地でタクシー仲間と知り合いになり、かれらとともに民主化運動に協力しようともする。権力の余りの横暴さが、かれをそこまで怒らしたのである。

度重なる危機を乗り越え、ドイツ人記者は目的を果たし、光州の状況を世界に向けて報道した。そのことで光州事件が広く世界に知られることとなる。記者は協力してくれたタクシー運転手に感謝し、再会を強く臨むのだが、本人はあくまでもタクシー運転手として当たり前のことをしたのであって、わざわざ名乗るには及ばないと、最後まで身を隠すのである。

そのタクシー運転手を、ポン・ジュノ映画の常連として知られるソン・ガンホが演じている。人間味あふれる優れた演技振りといえる。この映画は、韓国内では空前の大ヒットとなったそうだ。やはり韓国内における政権への批判意識の強さが、この映画に共鳴させたのであろう。





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