メルロ=ポンティの映画論

| コメント(0)
メルロ=ポンティは、身体と精神とは別のものではなく、人間という全体性の二つの現れであるといい、したがって外面としての身体、内面としての精神という具合に、対立関係において考えるのは間違っている、内面と外面は一致している、と主張する。そうしたメルロ=ポンティにとって、映画は、内面と外面とが一致するという真理を如実に表した芸術ということになる。我々は、映画の中の人物の動作(外面)から、かれの心の状態(内面)を推測するのではなく、つまり間接的な推理をするのではなく、かれの動作のなかに、外面と内面の一致を見るのであり、かれの動作の意味を直接的に認知するのである。

たとえば、愛や憎しみといった情動を映画が表現する場合をとると、われわれはそういう情動を、「それらを体験している本人というただ一人の証人のみが近づきうる『内的実在』とする偏見を捨てる必要がある」。それらは「他人の意識の最深部に隠された心的事実ではなく、行動のタイプないし外から見える行為のスタイルなのである」(滝浦静雄訳)。つまり映画は、人の外面を通してその内面を憶測させるようには作られておらず、人間を内面と外面とが一体となった全体として表現するのである。我々は、映画を通じて、ある人間を全体的に捉えるのである。

映画は、イメージと音からなるが、それは、別々のものが統合されるいう関係にはない。イメージ(視覚)と音(聴覚)とは一体のものとして与えられる。そのことは、サイレント映画とトーキーとを比較するとよくわかる、とメルロ=ポンティはいう。トーキーはサイレント映画に音が加わったものであり、映像の意味は、サイレントとトーキーとでは異ならない、と普通は思われがちだ。しかし同じ映像でも、サイレントとトーキーとでは、その意味合いが違う。「トーキー映画とは、ひたすら映画的倒錯を目指す、音と言葉で飾られた無声映画なのではない。音と映像の結びつきは、それより遥かに緊密なものであり、映像は音の隣接によって変形されるのである」。その例としてメルロ=ポンティは吹き替え版の場合を持ち出す。「吹き替え版の映画を上映して、やせた人に肥った人の声でしゃべらせ、若者には老人の声で、大柄な人に小柄な人の声でしゃべらせてみると、このことがよくわかる」。つまり、映像と音とは外的な関係にあるのではなく、緊密に一体化しているというのである。

映画はまた、演劇のようにたえず言葉をしゃべらせるというやり方をとらない。メルロ=ポンティは演劇を、言葉の芸術の一つとして考えているようで、舞台の上では、言葉だけが物語を進行させる、と見ている。身振りも当然あるわけだが、それは、しゃべられた言葉の意味を補足するような意味合いで表現されているにすぎない。ところが映画においては、言葉だけではなく、人物の動作とか、かれをとりまく状況も大きな意味を持つ。だから映画では、演劇とは異なり、かなりの沈黙が続いたあとで、対話に映っていくという場面が多い、というよりそれが基本的なあり方である。映画においては、外面は内面をあらわすのに適しているから、外面からなる沈黙の場面を映すことによって、その場面の意味をすでに大部分開示することができるのである。演劇ではそうはいかない。演劇では、映画が沈黙の場面で表現する部分も、言葉で解説しなければならない。

こういうわけであるから、「映画は、精神と身体との、また精神と世界との合一を顕わにして、一方の中で他方が表現するさまを示すのにとりわけ適している」とメルロ=ポンティはいう。映画のそうしたあり方は、メルロ=ポンティの哲学に似たものを感じさせる。メルロ=ポンティは、映画を哲学一般と関連させて論じており、あくまでもその哲学に映画が似ているといっているのであるが、その哲学が彼自身の哲学をさしていることは、行間から明らかである。つまりメルロ=ポンティにとっての哲学一般とは、かれが「知覚の現象学」において展開した哲学なのである。

その上でメルロ=ポンティは次のように言うのだ。「もし哲学と映画が同調しており、反省と技術的作業が同じ方向に進んでいるとすれば、それは、哲学者と映画人が共通に一つの世代に属する或る在り方、或る世界観をもっているからである。思想と技術が互いに呼応しあい、ゲーテの言葉を借りれば、『内にあるものはまた外にある』ことを検証するもう一つの機会がここにあるわけである」。

内面と外面との一致ということは、なにもメルロ=ポンティが属した世代に固有の問題ではないかもしれないが、内面である精神と、外面である身体とが、一体不可分のものとして、一つの全体的存在の二つの顕わだとする見方は、メルロ=ポンティによって始めて哲学上の中心テーマとして提起されたということはできる。そんなメルロ=ポンティにとって、映画は、自分の考えを補強してくれる力強い味方に見えたのでもあろう。






コメントする

アーカイブ