石井裕也「茜色に焼かれる」:現代日本の負け組を描く

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石井裕也の2021年の映画「茜色に焼かれる」は、格差社会現代日本を舞台に、いわゆる負け組のみじめな生き方を描いた作品。今の日本は、いったん負け組になったら、とことん負け続けることになり、徹底的にみじめな生き方をしのばねばならない、そんな痛切な痛みが伝わってくる作品である。

尾野真千子演じる田中良子を中心に映画は展開する。彼女は中学生の子供と二人暮らし。七年前に夫が交通事故で死んだ。ところが加害者は謝罪しないばかりか、夫を虫けらのようにあつかい、そんな加害者を警察は逮捕することもない。怒った良子は示談を拒否して、自分一人で息子を育てている。加害者が死んだときに、葬式に顔を出すのだが、けんもほろろに追い返されてしまう。良子の怒りは鬱積する。

彼女はスーパーでパートで働くほか、夜は風俗店で稼いでいる。金がかかる主な理由は、義父を施設に入れたことにともなう費用と、夫がほかの女に産ませた子の養育料まで負担していることだ。自分たち母子の生活だけでも精いっぱいなのに、余計な金までかかる。

そんな母子を、息子の同級生をはじめ、周りの連中がいじめて愉しむ。同級生の悪ガキどもは、母親を売春婦呼ばわりして、息子を徹底的に辱めたうえに、家に放火までする。放火された被害者である母子は、住んでいた公営住宅から立ち退きを迫られる。近所に迷惑をかけたという理由だ。世の中に正義は存在せず、弱いものは徹底的にみじめな思いをさせられるのである。

母親が稼いでいる風俗店には、若い同僚の女性がいて、二人は仲良くなる。そんな二人を店長はまともな人間として扱ってくれる。母親は久しぶりに出会った中学生時代の同級生と急接近し、若い女性のほうは、妊娠中絶を迫られたりする。母親は結局同級生に裏切られ、若い女性のほうは、中絶手術のさいに末期がんだということがわかる。

母親は、自分をこけにした同級生を殺そうと思う。また、若い女性は、死ぬことを決意する。そんな展開の中で、同級生ともつれあっていたところに店長が現れ、母親を助けたりする。一方、若い女性のほうは、遺書を残して自殺する。友達を失った母親は、息子と共に生きていこうと決意し、それを店長が応援する、というような内容である。

徹底的にいじめられてみじめな思いばかりしている中で、人間としての誇りを失わない母親の生き方がいさぎよい、と思わせる作品である。現実には、こんな母親のような人間は少なく、いじめられていじけるばかりの人間がほとんどなのであろう。





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