ダルデンヌ兄弟「午後8時の訪問者」:若い女性医師の職業的な責任感

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ダルデンヌ兄弟の2016年の映画「午後8時の訪問者(La Fille inconnue)」は、若い女性医師の医師としての職業的な責任感とか倫理的な感情を丁寧に描いた作品。この女性医師は、ベルギーの中規模都市(リエージュ)の診療所(日本でいう開業医)で働き、比較的貧しい人々を相手にしているために、社会的な問題に直面することが多い。そんななかで、自分のところに助けを求めにきたらしい黒人の少女が死ぬ事件が起きる。警察の調査で他殺の可能性が高い。もし自分があのとき、彼女の求めに応えていたなら、死なさずに済んだかもしれないと感じた女性医師は、強い責任を感じる。そこで、せめて彼女の身元だけでも調べようとして、探偵まがいにあちこち首をつっこんでいるうちに、意外なことが明らかになる、というような内容である。

見どころは二つある。一つは若い主人公の医師としての職業倫理だ。彼女は、医師としての立場を最大限使って真相の解明のために、様々な人から情報をとろうとする。といって、得た情報を真相解明にために有効に利用(たとえば殺人事件だったら犯人の逮捕)しようというわけではない。ただ、医師としての倫理観が、真相を知って、被害者の身元を特定し、できれば家族にその墓を引き継ぎたいと思わせるだけだ。そこに多少、わかりにくいところがある。

ともあれ、彼女の調べによって、だんだんと事情がわかってくる。被害者はアフリカからやってきた移民だったこと、悪い男に食い物にされ、未成年でありながら売春をやらされていたこと、売春のビジネスがこじれて殺されたらしいことなどである。その事件に関連して、色々な人物のかかわりが明らかになっていく。そのかかわりの実態が、この映画の二つ目の見どころだ。若い女性医師の職業上の責任感というだけでは、たいしたインパクトはもたなかっただろうが、その背景に貧困とか搾取とかいう問題が絡んでくることで、映画に社会的な背景の広がりを持たせるようになっている。そこがダルデンヌ兄弟らしいところだ。

この若い女性医師は、医師志願の若者を研修医といて受け入れ、指導していた。その青年は要領の悪いところが目立ち。女医はおもわず厳しい態度をとってしまう。それが理由かどうかはわからぬが、若い研修医は医師になることをあきらめ、実家に戻ってしまうのだ。もしかしたら自分の責任ではないかと思った女医は、なんとかしてその青年を立ち直らせようとする、という話が、サブプロットとして組み込まれているのだが、そんなあらずもがなの挿話を入れたのは、女医のプライドを浮かび上がらせるための工夫だったということがわかるように作られている。女医が青年に威圧的に接したのは、上下関係をわからせるためだったというのだが、それは女である彼女の複雑なコンプレックスを物語っているのかもしれない。






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