石井裕也「バンクーバーの朝日」:カナダへ移住した日本人の厳しい境遇

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石井裕也の2014年の映画「バンクーバーの朝日」は、カナダに移住した日本人の厳しい境遇を描いた作品。舞台は第二次世界大戦(日本ではアジア・太平洋戦争と呼ぶ)前後のバンクーバー。その都市は、もともと日本からの移住者たちが中心になって建設されたものだが、その後白人たちがやってきて主人面をし、日本人を露骨に差別するようになった、とこの映画では設定されている。カナダの歴史に疎い小生には、その真偽のほどはわからないが、日本人がひどい差別に苦しんでいたことは、アメリカにおける日本人迫害の実態から類推できる。ともあれ、カナダに移住した日本人は、人種差別と経済的な搾取に苦しめられ、ギリギリの暮らしを強いられていたということになっている。そうした希望のない生活の中で、唯一日本人の励みとなったのが、「アサヒ」と名付けられた野球チームだった。その野球チームが、大男からなる白人チームと対等に戦ったばかりか、リーグ戦に優勝までして、現地の日本人の誇りともなり、また生きる希望にもなった、というようないささかセンチメンタルな雰囲気を漂わせた作品である。

映画の見どころは二つある。一つは、白人による日本人差別のすさまじさ。日本人は、長時間労働と低賃金に耐え、しかも景気が悪くなったりすると真っ先に首を切られる。つまり生活の基盤が不安定なのだが、それに加えて、白人による露骨な差別がある。一時期のアメリカにおける黒人と同じような待遇を、カナダの日本人は受けている。ゲットーのようなところに集住させられ、白人となるべく接触しないように、白人専用の店から締め出されている。主人公の妹は非常に聡明で成績もよいので、奨学金の候補になるが、日本人だという理由で、これも締め出される。そうした露骨な差別に、日本人は耐え続ける。まじめにやっていれば、いつかは認められ、まともな人間として扱ってもらえるのではないかと、期待しているのだ。

その期待を、野球のフェアプレイ精神がいささか後押しする。野球のルールには、人種による差別はない。じっさいにそうした差別が働いて、アンフェアなジャッジがなされることはあるが、それはスポーツのフェアプレイの精神に反した行いなので、さすがの白人たちもそれを恥ずかしいと思う。そんなフェアプレイの精神が、スポーツだけではなく、あらゆる社会関係にも広がっていけば、いつかは日本人もフェアに扱ってもらえるのではないか、そう期待することに無理はないのだ。しかし現実は厳しい。日本軍によるパールハーバー奇襲がきっかけとなって、カナダの白人社会に日本人排撃の機運が高まり、日本人は強制収容所に監禁されてしまうのだ。

そんな不幸な歴史が情緒たっぷりに描かれる。今の日本人は、戦時中の記憶を軽視しがちであるなかでも、アメリカやカナダに移住した日本人の境遇については、ほとんど関心を持つことがないという状態である。それではやはりいけない。歴史ときちんと向き合うということがなければ、確固とした未来もおぼつかない。そういう意味では、こういう映画を見ることは非常にいいことだと思う。






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